5:洞窟


 五人がベナ山を登る事半日。

 リオは、懐かしの我が家へと帰って来た。

 クレイマンとリオが暮らした、山の上の賢者の館は、リオが旅立った日からまるで時が止まっていたかのように、何も変わらずそこに佇んでいた。


 リオは一人、家の中を漁って、何かを探す。

 ベッドの下、台所の戸棚、クレイマンの大事な物が入っている箱……

 しかし、目的の物は、どこにも存在しなかった。


「ふぅ……、なかった」


 肩を落としながら、家の外で待っていたみんなの元へと戻るリオ。


「何を探していたの?」


 エナルカが尋ねる。


「これくらいの、金塊」


 リオはそう言って、手の平で丸を作って見せた。


「そりゃ……。そんなでけぇ金塊なんざ、普通家にあるかぁ?」


 ジークが顔をしかめる。


「前はあったんだよ。でも、クレイマンさんが使っちゃったのかも知れない」


 リオは、さてどうしようか? と悩む。


「その……、何故、金塊が必要なのですか? 自分達は今から、マハカム魔岩の洞窟へ行くのでしょう? 金塊など必要ないのでは?」


 マンマチャックは、リオは見当外れな事をしているのでは? と考えている。


「それが……、その……。はっきりとは覚えていないんだけど、確か、誰かいたんだよ」


「……誰が、どこに?」


「これから行く、マハカム魔岩の洞窟に、誰かが」


「……それと金塊、何の関係が?」


「その誰かは、マハカム魔岩を守っていて、金塊を渡さないと洞窟に入れなかったような……。ん~、はっきりとは思い出せないんだけど~」


 うだうだと考え込むリオに、マンマチャック、ジーク、エナルカは、小さく溜め息をついた。


「とりあえず、行ってみませんか? 金塊が本当に必要だとしても、今ここにはないのですし。その誰かとやらにお願いして、洞窟に入れてもらう事も可能では?」


 テスラがそう助言するも……


「う~ん、でもなぁ〜……。なんだか、とっても頑固な人だったような気がする……」


 リオは、まだ悩み続けていた。






「本当に、大丈夫かなぁ? 金塊なしで……」


 不安げな声を出しながら、山道を歩くリオ。


「仕方ねぇじゃねぇか。んな、金塊なんて、そこらへんに落ちてるもんでもねぇしよぉ」


 ジークが答える。


「その誰かって、いったい誰なの? リオ、思い出せないの?」


 そう言ったのは、ジークの背中におんぶされているエナルカだ。

 風神フシンを呼び出した事によって、大層疲れた様子のエナルカを気遣い、自分の背に乗るようにと、ジークが申し出たのであった。


「こう、何て言うか……。背の低い、茶色い人だった」


「タンタ族の者ですか?」


「ううん、マンマチャックみたいな髪と唇じゃなかったよ」


 リオにそう言われて、自分のチリチリの黒髪と、分厚い唇を思い出し、複雑な気持ちになるマンマチャック。


「あ、見えてきましたよ。あそこではないですか?」


 先頭を歩いていたテスラが、その歩みを止めて、前方を指さした。

 そこには、切り立った崖の下に、ぽっかりと大きな穴が空いている。

 その穴から、今まで感じた事のない、不思議な魔力が流れ出てきている事を、五人は感じ取っていた。


「あそこだ! 行ってみよう!」


 駆け出すリオの後を、四人はついて行った。


 大きな穴の周りには、何やら沢山の物が置かれていた。

 二人乗りのトロッコが三つと、壺が五つ。

 更には、鉱石を採掘する際に使うような、様々な形をした道具が、雑多に並べられている。

 それらは全て、ついさっきまで使われていたかのような、そんな印象を五人に与えた。


「うん、やっぱり……、いるね」


 リオが呟く。


「その……、金塊を渡さないと、この中に入れさせてくれない人、ですか?」


 マンマチャックの問い掛けに、リオは頷いた。


「まぁ何にせよ、俺たちゃ金塊を持ってねぇんだ。入れさせてくれねぇってんなら、力づくで入るのみさ」


 エナルカを背から下ろし、乱暴に拳を手の平に打ち付けながら、ジークが言った。


「近くにはいらっしゃらないようですね。でしたら、入ってしまいましょうか?」


 テスラが、荷物の中から小さな松明を取り出し、リオに手渡す。


「よし……、勝手に入ると、後で怒られるかも知れないけど……。僕達には使命があるんだもの。行ってみよう!」


 松明を受け取ったリオは、魔法でそれに火を灯す。

 リオを先頭に、五人は、マハカム魔岩を求めて、洞窟内へと歩き出した。






 洞窟の中は、とても神秘的な空間が広がっていた。

 暗闇で、そこかしこで光り輝いているのは、マハカム魔岩の原石だ。

 そのどれもが、七色の魔力を放っており、邪悪なものを遠ざける力を秘めていた。

 ただそれらは、リオ達が師より受け取ったペンダントのものと比べると、あまりに小さく、魔力も弱い。

 もっと奥へ進んで、大きな物を見つけなければと、リオ達は考えていた。


 しばらく歩いて行くと、どこからともなく、カーン、カーンという、何かと何かがぶつかる音が聞こえてきた。

 進むほどに、その音は大きくなっていき……

 するとリオは、前方に、何者かの気配を感じ取った。

 歩みを止めて、暗闇の中に潜むその者を、じっと見つめるリオ。

 相手も明かりを持っているようで、リオ達を照らしてきた。


「あ……、やっぱり……」


 リオは、その姿に見覚えがあった。

 リオと同じくらいの身長で、体格はずんぐりと丸く、しかし体は鍛えられているようで、盛り上がった筋肉が逞しい。

 焦げ茶色の肌に、頭は毛が無くツルンとしていて、幾何学模様の入った奇妙で派手な衣服を身に纏っている。

 右手にハンマーを、左手にノミを持ち、頭の上には手製の変わったランプを付けていた。

 そしてその者は、リオを見るなりこう言った。


「おめぇ……、許可もなくここへ入るとは、いい度胸じゃなぁ? 何もんじゃぁ?」


 聞き慣れない訛りのある言葉遣いに、リオは返す言葉が見つからず、マンマチャックは眉間に皺を寄せる。

 ジークは喧嘩腰に相手を睨んでいるし、エナルカはちょっぴり怖くてジークの陰に隠れている。

 テスラは、冷静に、その者の姿をじっくりと観察して……


「もしかして……、ドワーフ族の方ですか?」


 そう訊ねた。

 テスラの言葉に、リオ達四人は揃って首を傾げた。


「あぁん? なんじゃおめぇ、ドワーフを知っとるんかぁ? 知っとって入ってくるとは、ますます気に食わん……。もう一度聞くぞぉ? おめぇら何もんじゃぁ?」


 どうにもこうにも、自己紹介をしなければ、話が先に進みそうにない。


「あ……、自分はマンマチャックと言います。こっちがリオで、こっちはジーク。そしてエナルカと、テスラです」


 空気を読んだつもりで、マンマチャックはそれぞれを紹介したが……


「名前なんぞどうでもええ。何もんじゃと聞いとるんじゃ」


 相手の言葉に、自分の返答は的外れだったらしいと、しょんぼりとするマンマチャック。


「俺達はマハカム魔岩を取りに来たんだよ。それを使って、竜の子を封印しなけりゃならねぇんだ」


 面倒臭そうに、ジークが説明する。


「あぁ? なんじゃと? 竜の子を封印するって、おめぇら……、いったい……」


 少しばかり、相手の声色が変わった。


「私達は、五大賢者を師に持つ魔導師です! 国に災厄をもたらす、邪悪なる力の根源を倒す為に、旅をしているんです!」


 ジークの後ろから、怖がりながらも精一杯の声を出すエナルカ。


「なんと……、五大賢者のっ!?」


 相手が驚いたのを見て、リオが叫ぶ。


「クレイマンさんを知っているでしょ? 僕は、クレイマンさんの弟子のリオです! 国を守る為、人々を救う為に、マハカム魔岩が必要なんです!」


 リオの言葉に、相手は沈黙した。

 そして……


「ついて来い」


 そう言って、洞窟の奥へと歩き始め……

 リオ達五人は、互いに頷き合って、その後ろをついて行った。

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