4:箱
「みんな、ありがとう!」
九死に一生を得たリオは、満面の笑みで皆にお礼を言った。
マンマチャックは、礼を言う前に一言詫びるべきでは? と思ったし、ジークは、握りしめた拳を振り下ろすまいとぷるぷるさせている。
エナルカは、リオには常識とか状況判断能力などが著しく欠如している、と考えていた。
テスラはというと……、リオの事なんてどうでもよくて、背後で意識を失ったままの黒竜を、左右で色の違う赤と青の二つの瞳でジッと見つめていた。
「リオ、これからは……、いえ、もういいです。叱っても無駄という事でしょう」
説教を始めようと思ったマンマチャックは、どうせまたリオは反論するに違いないと考えて、叱るのを止めた。
それにリオは、もはや先ほどのまでの出来事をすっかり忘れてしまったかのように、キョロキョロと辺りに視線を泳がせているのだ。
今叱ったところで、リオの心には到底響くまい。
「は~……、ったく、クレイマンはなんでこんなやつを弟子に選んだんだ?」
握りしめていた拳を開き、額に当てて項垂れるジーク。
自分も、五大賢者の弟子としてはふさわしくないのではないか、と常々感じていただけに、リオのこれまでの行動は目に余るものがあったのだ。
自分の方が数段まし……、ジークはそのように思っていた。
「リオ! 勝手に一人で行動しちゃ駄目! すっごく危なかったんだからねっ!」
マンマチャックとジークが叱らない事を不思議に思ったエナルカが、二人に代わってそう言った。
私はリオよりお姉さんなんだから、間違った事をした時はしっかり怒らなくちゃ! と、エナルカは思ったのだが……
「確かに、さっきのは危なかったね。でもほら、あそこ見て? 何か箱のようなものがあるんだ」
エナルカの言葉をさらりと交わして、全く反省などしていない風のリオは、自分の後方を指さした。
そこには確かに、木箱のようなものが置かれている。
先ほどまでは黒竜によって視界が塞がれていたその場所に、マンマチャック、ジーク、エナルカ、そしてテスラも、その木箱を確認した。
「あの大きさは……、人の物ですね」
マンマチャックの言葉通りその木箱は、黒竜がその巨体で使っていたとは考えにくい小ささだ。
「なら……、魔導師ロドネス、だった時の物って事か?」
ジークは腕組みして首を傾げる。
「もしそうなら、何か大切な物が入っているんじゃないかしら?」
確証は勿論ないが、なんとなくそう言ってみたエナルカ。
「大事な物を見れば、昔の事も思い出すかもね!」
リオの言葉に、四人は頷いた。
そして、ゆっくりと箱へと近づいて行き……
「鍵は……、かかっていませんね。しかし、とても頑丈そうな箱です。勝手に開けても良いのでしょうか?」
テスラの言葉通り、木箱はとても造りがしっかりとしたもので、鍵こそかけられてはいないものの、何かとても大切な物でもしまってあるかのような、重厚感を漂わせている。
テスラ、マンマチャック、ジーク、エナルカは共に、開ける事を躊躇していた。
「けど、また起きて、話し掛けても、きっとさっきみたいになっちゃうよ? 開けてみよう」
リオはそういうと、またしてもみんなの了解を待たずして、箱の蓋をパカリと開けた。
すると、その中には……
「おぉ……、結構ぎっしり入っているな」
中身を見たジークが呟く。
古い書物や羽ペン、手紙や小さな人形、様々な形の小瓶など……
見るからに昔の物が、雑多に詰め込まれていた。
その中で、一際存在感を放つ物が一つ……
リオは、おもむろにそれを手に取った。
「これは……、マハカム魔岩の欠片だ……」
その手に握られているのは、ひときわ輝く、不思議な形をした石のペンダント。
見覚えがあると感じるのは、師であるクレイマンより託された、あのペンダントと同じ物であるからだろう。
リオは、首から下げているペンダントをもう片方の手に取って、それと見比べてみる。
マンマチャック、ジーク、エナルカも、その身に着けている、それぞれの師から託されたマハカム魔岩を取り出した。
……と、次の瞬間。
『時は、来たれり……』
どこからともなく、薄気味悪い声が、五人の耳に響いた。
「誰っ!?」
声を上げるリオと、周囲を見渡し警戒する四人。
すると、リオの手に握られている、師より託されしペンダントと、今しがた箱から取り出したペンダントが、虹色の光を放ち始めた。
そして、マンマチャック、ジーク、エナルカの持つペンダントも、同じように光を放ち始めたではないか。
『我を……、解放せよ……』
薄気味悪い声がそう告げると……
「熱っ!?」
「うわっ!?」
「なっ!?」
「きゃっ!?」
それぞれの手の中にあった五つのマハカム魔岩のペンダントは熱を帯び、それぞれの手を離れて独りでに宙に浮かび、結合した。
それは、歪な形をした、何かの魔法陣のようだ。
そして、一際大きな光を放ったかと思うと……
パリーン!!!
空中で、一瞬の内に、粉々に砕け散ってしまったのだった。
リオ、マンマチャック、ジーク、エナルカ、テスラの五人は、目の前で起こった事の意味が分からずに、その場に立ち尽くしていた。
五人の足元には、先ほどまでマハカム魔岩であったものの欠片が散らばっている。
もはやその欠片からは、魔力が全く感じられず、ただの石となっていた。
これが意味する事……、先ほどの薄気味悪い声……
何か、とてつもなく悪い事が起きたのではないかと、五人は身も心も固まっていた。
「うぅ……、いったい、何が……」
またしても、聞き慣れぬ声が背後から聞こえた五人は、ハッとして振り返る。
そこには、黒い魔導服に身を包んだ、赤目の竜の瞳を持つ、美しい女がいた。
先ほどまで倒れていたはずの黒竜の姿はどこにもない。
女は、漆黒の髪に、紫がかった白い肌、首筋には黒い鱗を有した、ダース族の者である。
彼女は額に手を当てて、頭を左右に振りながら、よろめく足で立ち上がった。
「か……、母さん、ですか……?」
テスラが、掠れそうなほどに小さな声で、尋ねる。
その言葉に、女の血のように赤い竜の瞳が、テスラを捉える。
そして、一瞬驚いたような顔をした女は、力強く叫んだ。
「テスラ!? テスラなのかっ!?」
その言葉に、テスラは駆け出した。
自分とさほど体格の変わらない女に、テスラは力いっぱい抱き付いた。
「やっと……、やっと会えた。母さん……」
テスラは、涙を流しながら、女の細い体を抱き締める。
「あぁ、テスラ……。こんなに大きくなって……。来てくれたんだね、ありがとう……」
女も、ぽろぽろと大粒の涙を零しながら、テスラの体をきつく抱き締めた。
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