3:風と水


 白い光の中で、最初に目を開いたのはテスラだった。

 自らが放ったその光の魔法によってテスラは、今いる洞窟内部の構造がはっきりと見て取れた。


 城の神殿よりも遥かに大きなこの空間。

 茶色い岩壁と高い天井は、どことなく湿り気を帯びていて艶めいており、地面にはところどころに水溜りができている。

 暗闇でも育つ白い色をした植物がところどころに生えていて、地上と比べるとかなり異質な風景だ。 

 洞窟の中に突如として現れるこの大空洞。

 その中に、テスラ達五人はいた。

そして、目の前に立っているのは、とてもとても大きな、黒い竜。


『ぐわぁっ!? 目がっ!? 目が開かぬっ!?』


 余りの眩しさに、黒竜はその巨体を丸めて、光を避けようと縮こまっている。

 その傍には、こちらも光の為に両目を手で覆い、その場に立ち尽くしているリオの姿があった。


「テスラ!? これは何をっ!?」

 

 すぐ隣では、未だ目を開けられずにいるマンマチャックの手が、空を切っている。

 どうやら仲間の位置を把握しようとしているらしいが……


「こういう時は、目が慣れるまで動かねぇ方がいい」


 と、ジークは余裕の表情でその場に胡座をかいているし、


「で、でもっ! 目の前には黒竜がいるのよっ!?」


 どうにか薄目を開けながらも、未だ視界が開けていない様子のエナルカは、ぶんぶんとロッドを振り回している。


「みんなぁ~! 大丈夫~!?」


 目を閉じたままで、叫ぶリオ。

 すると、そんなリオの真正面に、黒竜の両前足が振り下ろされた。

 ドシーン、という大きな音を立てて、洞窟内が激しく揺れる。


『許すまじ! 許すまじぞ人の子よ! 我に働きし無礼の数々、許すまじっ!』


 黒竜ダーテアスは、怒り狂ったかのように叫び始める。

 そして、棘のついた巨大な尻尾をぶんふんと振り回し、更にはその両足で地面を強く踏み付けて、絶えず振動を起こし始めたではないか。

 このままでは、黒竜ダーテアスの近くにいるリオが危ない!?

 テスラは、自分でも無意識のうちに、走り出していた。

 強い光の為に周りが見えず、立ち尽くすリオの元へと、全力で駆けて行く。


「テスラ!? 危ないっ!?」


 その声はエナルカだった。

 まだよく見えない視界の端で、テスラのその細い体を、黒竜の尻尾が振り飛ばしたのだ。

 テスラは岩壁へと激突し、力なく地面に倒れ込む。


「テスラぁっ!?」


 悲鳴にも似たエナルカの声に、目を開いたのはジークだ。

 ゆっくりと瞼を開き、周りの状況を確認する。

 そして……


「あの馬鹿女……。真正面から突っ込んでってんじゃねぇよ」


 地面に倒れたままのテスラを目にし、悪態をついた。

 しかしその心には、仲間を傷つけられたという怒りが湧いていた。


「エナルカ! 見えてんのかっ!?」


「はっ! はいっ! 見えてますっ!」


 怒鳴りつけるようなジークの声に、エナルカはビクッと身震いし、咄嗟に敬語で返事をした。


「俺はあいつの右へ回る。お前は左へ回れ。尻尾にぶつかるなっ!」


「は、はいぃっ!」


 ジークが走り出すと同時に、エナルカも走り出す。

 しかしエナルカは、なぜ自分が走っているのか、走って行って何をすればいいのかは、まだ理解していない。


「ジーク!? エナルカ!?」


 ようやく薄目を開けたマンマチャックが、走り出す二人の背を見て叫ぶ。


「マンマチャック! お前はテスラを!」


 ジークにそう言われて、光の中を四方八方へと視線を泳がせ、テスラの姿を探すマンマチャック。

 少し離れた場所に倒れているテスラを発見し、マンマチャックもまた駆け出す。


「みんな何してんのっ!? 僕は何をすればいいのっ!?」


 未だ目を閉じたままのリオに、ジークは走りながら苛立ち、そして叫んだ。


「てめぇが始めたんだろうがリオ! いつまで目ぇ閉じてんだよボケが! さっさと目ぇ開けて、最後まで責任持って相手しやがれっ!」


 ジークの、それはそれは口汚い物言いに、リオは若干戸惑いつつも、ゆっくりと目を開けた。

 するとそこには、尻尾をぶんぶんと振り回し、両足をダンダンと強く踏み鳴らす、怒り狂った黒竜の姿が。

 黒い鱗はその一つ一つが大きく鋭くて、強靭な足と手には長く尖った爪が生えている。

 頭上に揺れる顔は恐ろしいほどに口が裂け、その中には無数の牙が生えており、更に奥の喉に差し掛かる場所には、黒い光を帯びた炎が蓄えられているではないか。

 そして、見えているのかいないのかは定かではないが、黒竜の血のように赤い二つの瞳が、リオの姿を真っ直ぐに見下ろしていた。


 さすがのリオも、自分が今、絶体絶命のピンチに陥っている事に気付く。

 このままでは、その尻尾の餌食になるか、それとも前足で潰されてしまうか、はたまた口から黒い炎を吐かれて焼け焦げてしまうか……

 何にしてもこの状況は、非常に危険だ!

 リオは、すぐさま両手の魔法陣を再度発動させる。

 しかし、目の前のにいる、恐ろしく硬そうな鱗に身を包んだ黒竜に、果たして自分の炎が効くだろうか?

 けれども迷っている時間はない!


 すると、リオの視界の端、前方に迫る黒竜の左側にジークが現れ、右側にはエナルカがその姿を現した。


「一対一じゃ無理だ! 交互に攻撃するぞっ!」


 ジークはそう叫ぶと、両手の魔法陣を発動させて、手の平の上に小さな水流を作り上げた。

 そしてそれを、黒竜の顔目がけて、思い切り投げた。

 ぐるぐると渦巻く水流は、黒竜の右頬に、ばしゃっ! と音をたてて、ぶつかった。


『がっ!? なんだこれはっ!?』


 まだ目がはっきりと見えていないらしい黒竜は、ジークの放った水の魔法に驚き、リオから一歩離れた。


「なるほど、そういう事ね!」


 ようやくジークの作戦を理解したエナルカは、ロッドを握りしめる手に力を籠める。

 そして、両手の魔法陣を発動させて、こちらも竜巻のような風の渦を作り上げた。


「え~いっ!」


 ロッドを勢いよく振り上げて、竜巻を黒竜の左頬に、ぼわんっ! と、ぶつけるエナルカ。


『ぐっ!? こちらにもかっ!?』


 エナルカの風の魔法に驚いた黒竜は、さらにもう一歩、リオから離れた。


「よしっ! 僕もっ!」


 ジークとエナルカに続き、リオが火の魔法を行使しようとした、その時だった。


「やめて! 母さんを傷つけないでっ!」


 マンマチャックに支えられて、なんとか立ち上がる事ができたテスラが叫んだ。

 その顔には、先ほどまで眼帯で隠されていたはずのもう片方の目が、姿を現していた。


 初めて見るテスラの、もう片方の瞳……

 血のように赤いもう片方の目とは対照的な、美しく、深い青色をしたその瞳に、リオは息を飲んだ。


「傷つけたりなんかしねぇよっ! エナルカ! 風と水の渦で、こいつの体を回すぞ!」


「えぇっ!? はっ! はいぃっ!」


 ジークの無茶苦茶な提案に戸惑いながらも、エナルカは大きく頷いた。

 ジークは水の魔法で、先ほどの何倍もの大きさの水流を作り上げる。

 それに合わせるかのように、エナルカも、先ほどよりも数倍大きな竜巻を作り上げた。

 そして、二人はそれを、力いっぱい黒竜にぶつけた。


『ぬがっ!? なっ!? ぐわあぁっ!』


 黒竜の巨体は、水流と竜巻が合わさった巨大な渦に飲み込まれ、ぐるぐると回転し始めた。

 その勢いは、魔法を発動させたジークとエナルカ本人達も驚くほどのもので、黒竜はまるで石ころのように渦の中を回っている。


『があぁっ!? 目がぁっ!? 目が回るぅ~』


 竜とは思えないほどの情けない声で黒竜が叫んだところで、ジークとエナルカは魔法を止めた。

 何事もなかったかのように、ジークとエナルカの手に吸い込まれていく水流と竜巻。

 そして……


『うぅ……、ぐぅうぅ……』


 文字通り、目を回してしまった黒竜は、力なく地面に突っ伏して、そのまま意識を失ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る