第7章:いざ、オエンド山脈へ

1:パレード


 パ~、パラパッパッパッパッパ~♪

 ダンッ、ダンダダダンッ!

 パ~、パラパッパッパッパッパ~♪

 ダンッ、ダンダダダンッ!

 パ~、パラパ~、パラパ~、パラパッパッパッパッパ~♪

 ダダダッダッダッダッダンッ!


 軽快な音楽を奏でるのは、国属の音楽隊。

 吹き鳴らされるラッパの音、リズムをとる太鼓の音、その他沢山の楽器が、この場の雰囲気をより一層華やかに彩っていた。


 王都ヴァルハリスの南区、その南大通りは今、大変なるお祭り騒ぎである。

 国営軍の者達は皆、青い軍服に身を包み、その手には勇ましい刀剣を持ち、列をなして大通りを闊歩する。

 美しいドレスに身を包んだ踊り子達は、手に花弁が沢山入った籠を持ち、それらを撒き散らしながら通りを駆け抜ける。

 その後ろを歩く城に使えるメイド達が、事の詳細を記した小さなビラを、集まった人々に配って回っていく。

 ヴェルハーラ王国に住まう全ての者達の守り神、銀竜イルクナードの姿を象って作られた国の紋章、それが描かれた国旗が、大通りのそこかしこに立てられており、城からは盛大な花火がいくつも空へと打ち上げられていた。


 何も知らない王都の人々は、一体全体何事かと、それらに目を見張る。

 そしてその目に映ったのは、国営軍の軍人や踊り子達の後に続いてやってくる、国営軍の鞍を付けた立派な馬の背に跨った、見慣れぬ五人の姿。

 一人はどこからどう見ても幼い子供であるし、もう一人は悲しい歴史を持つタンタの青年。

 馬が可哀想に思えるほどに背の高い男と、不思議なローブを身に纏った少女。

 そして、血のように真っ赤な隻眼を持つ、無表情な女……

 いったい彼らは何者なのだろうと、人々は皆首を傾げていた。


 リオは、初めて見るパレードに感動し、それの中心にいるのが自分であるという現実に、これまでにない高揚感を覚えていた。

 それはまるで、貴族……、いや、王族にでもなったかのようにリオには感じられて、満面の笑みで、沿道に立つ人々に手を振っていた。

 マンマチャックは少々、自分に向けられる人々の視線に萎縮していた。

 リオほど鈍感ではない故、彼らの目が、異物を見るようである事を察しているのだ。

 殊に自分は、人々に忌み嫌われるタンタ族。

 身を小さくして、出来るだけ目立たないように……、と、思っていたのだが……


「わぁ! 凄い凄いっ!」


「お兄ちゃん! 頑張れっ!」


 不意に聞こえたその声は、少し離れた場所からこちらを見ている、タンタ族の少年少女たちの声だ。

 大通りの賑わいを聞きつけて、居住区である西区よりここまでやって来たのであろう。

 あの子達の前で、どうして縮こまってなどいられようか……

マンマチャックはスーッと息を吸い込んで、大きく胸を張るのであった。


 一方、ジークは思い出していた。

 レイニーヌと共に旅に出た、あの日の事を。

 王都より南西に位置する小さな町、クオデア。

 今となっては、田畑の緑が豊かな平和な町であるが、数年前までは、王都で職を失い、あぶれた者達の掃き溜めとして有名だった。

 そこで生まれ育ったジークは、巨人族の末裔であるアレッド族を父に持つ、巷でパントゥーと呼ばれる人と異種族との混血児であった。

 それが為に、町の者から差別を受け、唯一の肉親である母がこの世を去ってから師であるレイニーヌに出会うまでは、ならず者の一員として生きてきたのだった。

 だが、目の前に広がるこの光景はなんだ?

 人々の視線を一手に集め、彼らの思いはそれぞれあれども、どこか期待を込めた目で自分を見ているのだ。

 これも全部、レイニーヌのおかげだな……

 腰に巻き付ける形で装着している小さな鞄の中の、レイニーヌの手であった骨が入った小さな壺を、その大きな手で包み込み、ジークは空を仰いだ。

 レイニーヌ、見ていてくれよな……、心の中でそう呟いていた。

 

 エナルカは、例によって、ガチガチに緊張していた。

 馬の手綱を握る手は汗でびっしょりで、目は不自然なほどキョロキョロと左右に動いている。


「シドラー様のように冷静に……、シドラー様のように冷静に……」


 そう何度も小さく呟くも、心臓の鼓動は激しさを増すばかり。

 まだ少し先にある、城壁の一部である南門を視界に捉えて、早く早くと、その心は急いていた。


 テスラは今日も変わらず無表情で、周りの人々などまるでいないかのように、ただ平然と前を見据えていた。

 その心の内は、誰にも知れない……

 しかし、その目に灯る決意の炎は誰よりも強く、誰よりも激しく燃えているのだった。






 南大通りを賑やかに進行し、リオ達が南門に辿り着いたのは、王都を出て約一時間後の事であった。

 その頃には、人々の波も収まって、南門には少数の軍人と、オーウェンのみが残っていた。


「皆ご苦労であったな。では、これにてパレードは終了だ。ここから先は、君達五人だけで進む事となる」


 パレードが名残惜しいリオと、ホッとするマンマチャック。

 いよいよかと意気込むジークと、ようやく緊張が解けるエナルカ。

 そして、無表情ながらも、門の向こう側を見据えて、ギュッと拳を握りしめるテスラが、そこにはいた。


「馬が背負っている荷物の中には、それぞれ、およそ十日分の食料と、簡易テントの用意が入っている。金銭はエナルカにまとめて渡してある故、オエンド山脈の麓にあるトレロ村にて、その先に必要な物資を購入する際は、分け合って使うように」


 オーウェンの言葉に、こくんと頷く五人。


「では、私からは以上……、いや……。やはり、これを渡さねばなるまいな」


 そう言ってオーウェンは、軍服の内ポケットから何かを取り出した。

 それは、中心に光を宿した、紫色の石だ。

 宝石と見紛うほどに、美しく磨かれている。

 五つあるその石をオーウェンは、リオ達一人一人に手渡した。


「オーウェンさん……、これはいったい……?」


 石の中央で輝きを放つ光を見つめながら、リオが問う。


「それは、命の石と呼ばれる物。遥か昔より、危険な旅路へと向かう者に手渡した、守りの石だ。手にした者の命を守ってくれるという言い伝えがある。まぁ、その効能は俄かに信じ難いものではあるが……。お守り代わりとして、持っていくと良い」


 少し照れ臭そうに笑うオーウェンに対し、リオは微笑んだ。


「ありがとう、オーウェンさん! 大事に持って行きます!」


 そう言って、服の胸ポケットに、命の石を大切にしまった。


「旅の無事を、祈っていてください。自分達は必ずや、ここへ戻ってきます」


 マンマチャックも、笑顔で応える。


「帰ってきた時の為に、たんまり酒を用意しておいてくれよな~」


 にやにやと笑うジーク。


「オーウェンさん! また会いましょう!」


 元気よく手を振るエナルカ。


「では……、行って参ります」


 最後にテスラが頭を下げると、南門が開門された。

 目の前に広がるのは、青々とした広大な草原。

 五人はそれぞれ馬にまたがって、強く手綱を引き、勢いよく駆け出した。


「武運を祈るっ!」


 胸に手を当てた敬礼のポーズで、オーウェンは五人を見送った。

その後ろ姿が見えなくなるまで、ずっと、ずっと……

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