5:昔話
「では、旅の順路はその地図の通りだ。王都の南門から出て、南東に進み、カトーバ荒野を七日間ほど行くと、オエンド山脈の麓に辿り着く。麓の村々はそのほとんどが焼け滅んでしまっているが、唯一、トレロ村と呼ばれる小さな村だけは残っていると、討伐隊の生き残りより報告を受けている。そこで、トレロ村で一度物資を調達し、その先に待つ山岳地帯へ備えるのだ。オエンド山脈の中で、最も高い山をオエンド山と呼び、その頂に黒竜ダーテアスは身を潜めていると考えられる。そこまでの道のりは如何なるものか……、私にも計り知れぬ。それより先に進んだ者は、誰一人帰ってきていない故……」
オーウェンの言葉が、既に意気消沈してしまっている四人に追い打ちをかける。
昼間、名誉勲章授与式の前にテスラが放った言葉によって、四人は完全にナーバスになっていた。
昨日までは、自分達がこの国を救うんだ、師の仇を撃つのだ、師の最後の願いを叶えるのだと、心の奥底から意気込んでいたのだが……
王より名誉勲章を授与されて、式を見守っていた王族やその他の貴族たち大勢にそれを祝福されたとしても、その本当の意味をはっきりと知ってしまった後でとなると、もはや自分達は捨て駒ではないのか、とさえ思えてきたのだった。
しかし、もはや他に道はなく、明日にはここを発たねばならない。
それらを覆そうにも、あまりに大きな力が動き過ぎている為に、四人の力ではもうどうしようもないという事もわかっていた。
なんとか黒竜ダーテアスを退治して、国を守り、本当の意味で名誉を手に入れれば良いではないかとも考えたが……
自分達よりも遥かに年上の、知識も経験も豊富にある者達が、死を想定した上での前倒しの名誉勲章だとするのなら、希望はあまりに小さい。
四人共、むざむざ死のうなどとは考えていないし、なんとしてでも生き残る気持ちはとても強いが……
果たしてそれはが可能なのか?
四人全員が、とても大きな不安に駆られているのは間違いない。
目の前で話をするオーウェンも、その事には気付いていた。
「大丈夫か? 皆、顔色が優れぬが……」
オーウェンは、自分がこの部屋へ来てからというもの、ただの一言も発しない四人に対し、心配そうに訊ねた。
時刻は既に夕刻の七時を過ぎており、大きなガラス窓の向こう側は漆黒の闇に覆われていた。
「先刻、私が皆様に、名誉勲章の本意をお伝えしたところ、皆様このような状態になってしまわれまして……」
無表情でそう言ったテスラだったが、多少なりとも責任を感じているらしい。
四人のあまりの落ち込みぶりに、少々戸惑いつつも、オーウェンにそう告げた。
「なるほどそれで……。しかし、何というか……。そう落ち込む事もないと、私は思うぞ」
オーウェンの言葉に、俯き加減で話を聞いていた四人は一斉に顔を上げた。
その表情は、何故そのような事が言えるのか? という疑問に満ちている。
四人の思いに答えるかのように、オーウェンは話し始めた。
「また少し、昔話をしようか……。その昔、今は五大賢者と呼ばれる者達がまだ若かりし頃、この国には災厄が訪れていた。何年も雨が降らず、川の水は干上がって、草木は枯れ果て、人々は飢餓で苦しんでいた。そんな折、勇敢なる若き五人の魔導師が、国を救わんと立ち上がった。彼らは当時の王、即ち、先代の国王に謁見を申し込み、自分達がこの危機を救ってみせると名乗り出た。勿論、王族貴族の者達はそれを信じなかった。年端もいかぬ若造が、夢戯言を抜かしていると、相手にもしなかった。しかし国王だけは違った。ヴェルハーラ王家は代々、光の魔法を使いし一族の者達で構成されている。先代国王もその血を引き、自らも光の魔導師としての力を存分に持っていた。故に、五人の若者が内に秘めているその強大な魔力に、国王だけは気付いていたのだ。そこで国王は、旅立つ五人に、前もって名誉勲章を授けた。この者達は必ずややり遂げる、必ずや国を救ってくれると、皆に宣言してな。魔力を持たぬ王族貴族達は、何を寝惚けた真似をと、国王に対し陰口を叩いていたが……。国王は確信しておられたのだ。後に五大賢者と呼ばれる若き五人の魔導師達は、必ずやこの国の危機を救ってくれるとな。そしてそれは、現実となった。偉大なる五人の若き魔導師は、立派にこの国の危機を救って、その後、五大賢者と呼ばれるようになったのだ」
オーウェンの昔話を、四人は食い入る様に聞いていた。
そして、それぞれが、それぞれの心の中で、こう思ったのだ。
自分達なら、その勇敢で偉大な若い魔導師達と同じように、国を救えるのではないかと。
何故って、それは……
「君達は、その昔、この国を災厄より救った五人の魔導師達の弟子だ。それも、師に劣らぬ力と、勇気を持っている。それを分かっているからこそ、ワイティア王は、敢えて旅立つ前に、誉れ高い名誉勲章を君達に授けたのだと私は思う。歴史は繰り返される。若き五人の魔導師は、きっと立派に敵を倒して、ここへ戻ってくると信じているが故に、だ。たとえテスラの言うように、他の者はそのような意味合いで君達を見ていなかったとしても、王は違う。王は絶対的に、君達を信じておられる。そして、ここにいる私も、勿論君達を信じている。君達ならば成し遂げられる、君達ならば生きて帰ってくる、君達ならば……、国を救ってくれる、とな」
オーウェンの言葉に耳を傾けていた四人は、先ほどまで冷たくなっていた手足が温まって、心の中がほんわりと柔らかい気持ちで満ちたように感じた。
抱いていた不安と恐怖は消え去って、どこから伴なく、勇気が湧いてきたのだ。
「よ~っし! オーウェンさん! 僕はやりますよぉっ! 黒竜ダーテアスを倒し、国に平和をもたらしますっ!!」
希望に満ちた目をキラキラさせて、リオはそう言った。
「自分も! 力の限り、戦いますっ! そして、父のように……。いえ、父以上に立派な魔導師であると、国中に胸を張って言えるようになりますっ!!」
マンマチャックは、鼻息荒くそう言って、力強い拳で胸をドンと一つ叩いた。
「レイニーヌにできて俺にできねぇ事なんか一つもねぇはずだ。次に会った時に笑われねぇように、恥じぬ戦いをしてきてやるよ」
いつもの調子でにやにやと笑うジーク。
「シドラー様から授かったこの風の魔法で……。必ずや、国を守って見せます! 黒竜ダーテアスなんかに負けない……、絶対に、負けませんっ! ダーテアスを倒して、勝って、必ずここに戻ってきますっ!!」
エナルカは、両手の拳をギュッと握りしめて、決意のこもった目でオーウェンを見つめた。
「そうか……。テスラは、どうだ?」
不意にオーウェンに尋ねられ、まさか自分に話が振られるとは思っていなかったテスラが、少しばかり驚いたように顔になる。
しかし、すぐさま例の無表情となり……
「私は……。自分の持っている力を、精一杯、王の為に使うまで……。それ以上でも以下でもありません。私は必ずや、黒竜ダーテアスを倒します」
無表情ではあるが、その血のように赤い隻眼には、誰よりも強く、燃え上がるような決意が灯っている事を、オーウェンは見抜いていた。
「うむ、その意気だ。それでは皆、今夜はもう寝床に入るのだ。明日の朝一番に、ここを出立せなばならないからな。本来ならば、私もみなと共に戦地へ赴きたいのだが……。もう年も年だ、役に立たないならまだしも、足を引っ張るわけにはいかぬ故な。しかし、これだけは忘れないでくれ。私の心は常に、君達と共にある。私も、君達と共に、黒竜ダーテアスと戦う。君達は決して、孤独ではない」
オーウェンの言葉に、四人は深く頷いた。
そんな四人の顔を、一人ずつじっと見つめてから、オーウェンは部屋を後にした。
「テスラは、どうして笑わないのかなぁ?」
オーウェンと共に、テスラが部屋を出て行った後、眠る準備を整えたリオは、独り言のようにそう呟いた。
ただ、独り言にしてはその声は大きく、尋ね口調だった為に、他の三人はその対応に困る。
「えっと……。たぶん、これまでいろんな事があって、笑うのが苦手なだけではないでしょうか? 自分はそう思います」
マンマチャックが答えた。
マンマチャック自身も、過去にいろいろと、辛い事があった。
その為に、家から一歩も外に出る事ができずにいた時期が、短からずあったのだ。
当時は笑う事はおろか、食べる事も寝る事も出来なかった為に、今とは風貌もかなり違っていた。
しかし、そのような事があって今の自分があるのも確かなのだ。
良い経験をした、などとは微塵も思わないが、テスラのあの無表情に対して、マンマチャックは一定の理解を示していた。
「何か面白い事があれば、彼女も笑うんじゃないかしら? だってほら、今日は別に面白い事なんてなかったでしょ?」
エナルカも、リオの質問に答えてくれた。
加護の儀式は形式ばっていて堅苦しく、長い時間固い石の床に跪いていなければならなかった為に、心も体も疲れ果てた。
名誉勲章授与式は、テスラの言葉のせいもあるが、周りの王族や貴族達の目から、彼らの考えるその真意が伝わってきて、正直、倒れそうなほどに心が苦しかったのだ。
そんな中で笑えるはずがないと、エナルカは思っていた。
「ありゃよっぽど厄介な性格の持ち主だぜ、あの葬式女。俺はあいつの言葉に惑わされるのは二度とごめんだぜ。できるなら、今後一切、口を効きたかねぇな」
案外、ジークはテスラの言葉に参っていた。
レイニーヌの仇を取ると豪語した手前、あまり不安な気持ちを口には出せなかったのだが……
四人の中で一番、死という事に対して恐怖を抱いているのは、紛れもなくジークだった。
故に、テスラの心ない言葉に腹を立て、そのような事を口走ったのだ。
「えっ!? これから一緒に旅をするっていうのにそんな一切口を効かないなんてやめてよっ!? 空気が淀むじゃない!?」
ジークの言葉を真に受けたエナルカは、猛反発する。
「うるせぇなぁ、チビ女が。お前はもう少し、相手が聞き取りやすいように話す工夫をしたらどうだ? ピーチクパーチク喚きやがって……。それでも本当にシドラーの弟子かぁ?」
「なっ!? なんですってぇっ!?」
にやにやと笑いながら、とても失礼な事を言うジークに対し、エナルカの顔は真っ赤になる。
「おうおう、そんなに怒っちゃ、茹蛸になっちまうぜ? あ、チビだから、茹でチビかぁ? かっかっか!」
「ゆっ!? もいっぺん言ってみなさいよぉっ!?」
「ま、まぁまぁ……、お二人とも、落ち着いて……」
慌ててマンマチャックが仲裁に入るも、エナルカは沸騰寸前のような顔をしているし、ジークはにやにやするのを止めない。
そして、この話を始めた張本人であるリオはというと……
スースーと安らかな寝息を立てて、幸せそうな笑みを浮かべ、既に眠ってしまっていた。
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