4:最悪の事態


 西区の街並みは、北区よりも華やかだった。

 昨日の道化師の一団とまではいかないものの、人々はみな色鮮やかな装いで、穏やかな空気が漂っている。


 リオとマンマチャックは、並んで道を歩く。

 北区では、マンマチャックの姿を見つけた人々が、こそこそと陰口を叩いていたのだが、ここではそういったこともなく、二人は心安らかに歩を進めた。


 露店の者に話を聞き、飲食店の者に話を聞き、その他の商いをしている店にも立ち寄ってみたが、魔導師シドラーの居所については、どこの誰に聞いても知らないの一点張りだった。

 しかし、魔導師シドラーという名は、誰もが知っていた。

 そして、リオがクレイマンの弟子だと名乗り、マンマチャックがケットネーゼの弟子だと名乗る度に、人々は感嘆の声を上げるのだった。


「マンマチャックのお父さんも、とても有名な魔導師だったんだね」


 そう言って、リオは昼食のサンドウィッチにかぶりつく。

 小さな飲食店の隅の方のテーブルで、二人は食事をしていた。


「まぁ一応……。五大賢者の一人、森の聖者ケットネーゼって呼ばれていたくらいですからね……」


 本当に何も知らないんだなぁ、と、マンマチャックは呆れる。


「そうだったのっ!? 凄いねっ! え、じゃあ……。もしかして、僕の師と知り合いだったかも知れないね」


 真顔のリオに、マンマチャックは何と返していいかわからなくなる。

 自分の探していた相手は、リオの師であるクレイマンだと、言ってみようか?

 しかし、言ってみたところで、リオを困らせるだけだとマンマチャックは分かっている。

 クレイマンは、既にこの世を去っている。

 リオの言っていた話が本当ならば、ケットネーゼと同じように、何者かによる呪いの力で討ち滅ぼされたのだろう。

 となると……、他の五大賢者も危ないかも知れない。

 一刻も早く、魔導師シドラーの居場所を探し出し、警告しなければならない。

 思考が良からぬ方向へと深まり、マンマチャックは次第に深刻な顔になっていく。

 その隣で、「森の聖者、ケットネーゼさんかぁ……。いいなぁ、二つ名。僕もいつか、偉大な魔導師になって、それでもって、賢者って呼ばれて、二つ名がついたりして……」と、夢物語を語るかのように、宙を仰ぎ、遠い目をしながら笑うリオ。

 リオくらい気楽ならば、もう少し楽に生きてこられたかも知れないと、マンマチャックは思う。


 すると、マンマチャックの肩を、誰かがポンポンと叩いた。

 その手は大きく、やけに重い。

 マンマチャックが振り返ると、そこには異様に背の高い、若い男が立っていた。


「その話、俺にも聞かせてくんねぇか?」


 ニヤリと笑ったその顔に、リオもマンマチャックも、只ならぬ緊張感を感じていた。






「まさか、魔導師ケットネーゼの弟子に会えるなんて、思ってもみなかったぜ。それに、そいつがもう死んじまってるなんて……。なんの冗談だよ」


 昼間だというのに、アルコール度数の高い酒を煽りながら、男は呟いた。


 リオとマンマチャックの前に現れたのは、魔導師レイニーヌの弟子、ジークだった。

 その背の高さは人としては異常で、リオの三倍、マンマチャックの二倍はある。

 手に握っている酒の瓶が、まるで小さなコップに見えてしまうほどに、ジークの全身は人並み外れた大きさだった。


「お~い、食いもんまだぁ?」


「は、はいぃっ! ただいまぁっ!!」


 ジークの大きな声に、店の店主は大慌てで調理している。

 ジークの登場によって、店の中にいた客は皆、逃げるように外へ出て行った。

 お店の中には三人と、店主とウエイターだけが残っている。

 既に空になった皿に目を落とし、「腹減ったなぁ~」と呟くジーク。

 細身の為か、椅子は一つで足りるようだが、腹は一人前の料理では足りないらしい。


「あの……。さっきの話、本当ですか? 五大賢者レイニーヌが、呪いで死んだって……」


 マンマチャックが、少し遠慮がちに質問する。


「あぁ、本当だ。あの野郎、俺に嘘つきやがって……。今度会ったらただじゃおかねぇ……」


 少し酔っている様子のジークは、目に薄らと涙を浮かべている。


「え、会えるんですか? 死んでいるのに?」


 リオの言葉に、マンマチャックはげんなりする。


「あぁっ!? 俺が死んだら会えるだろうがっ!?」


 ジークの返答に、「えぇ~」と小さな声を出すマンマチャック。


「そうなんですかっ!? じゃあ僕も、いつかクレイマンさんに再会できるんだ!」


 なぜだか、パ~っと明るくなるリオ。


「クレイマン? お前今、クレイマンっつったか?」


 酒を口に運ぶジークの手が止まる。


「はい。僕の師はクレイマン・ギブルソンさんです。少し前に、この世を去りました……」


 リオの悲しげな言葉に、ジークは言葉を失う。


「おっ、お待たせいたしましたぁっ!」


 空気を読めないウエイターが、ジークの前に、通常よりも大きなお皿に盛られた料理を、テーブルにドンと置いた。

 店主は既に店の奥に隠れてしまったらしく、ウエイターもそそくさと姿を消した。


 ジークは、何かを考えているのか、完全に固まってしまって、料理に目もくれない。

 おそらく、事の重大さに気付いたのだろう。

 レイニーヌは死んだ。

 ケットネーゼも、クレイマンも、既にこの世にはいない。

 このままでは、この国の均衡が……


「崩れます」


 その声は、三人の誰でもなかった。

 店には誰も残っていないはず……

 声の主を、三人の目が探す。

 すると、少し離れた場所に、一人の少女が立っていた。


 見慣れない丈の長いローブに身を包み、白い石が埋め込まれたロッドを背負っていて、その瞳は美しい緑色で、真っ直ぐに三人を見つめている。

 誰もいない店内をすたすたと歩き、近付いてきて、三人を順番に見つめた後、少女はジークの隣の席に腰掛けた。


「私は、五大賢者、神風の使い手、魔導士シドラー・アルドネス様の弟子、エナルカです。師の頼みで、恵みの女神と呼ばれた五大賢者の一人、魔導師レイニーヌ・バレンティア様を探して旅に出たのですが……。遅かったようですね……」


 神妙な面持ちで、ジークの横顔を見上げる少女、エナルカ。


「あぁ、少し前に死んだよ……」


 また酒を煽り始めるジーク。


「僕、リオ! リオ・クレイマン! 五大賢者クレイマンの弟子で、魔導師シドラーさんを探してたんだ! 君がシドラーさんの弟子なら、シドラーさんの居場所がわかるよねっ!?」


 空気が読めないリオは、いつも以上に興奮して尋ねる。

 一方、マンマチャックは、最悪の事態を想像していた。

 できれば、自分の想像だけで留まって欲しいと、そう願っていた。

 しかし、現実とは残酷なものだ。

 エナルカの口から、それが告げられた。


「シドラー様は、亡くなられました……」


 リオは言葉を失い、笑顔も失った。


「王都から西に向かった所にキナトゥー原野と呼ばれる地があります。そこには風車小屋の立ち並ぶ風の丘の集落があって、私のような風使いの一族の末裔が暮らしています。普段はとても穏やかで平和な村なのですが……。ある時、ドゥーロと呼ばれる野生の魔物が私を狙って集落まで追いかけてきました。シドラー様は、私を守るために……。自らを犠牲に……、犠牲にして……。ううぅ……」


 最初の方は早口だったエナルカの説明は、最期は涙で消されてしまった。

 静まり返る店内には、エナルカのすすり泣く声だけが響いていた。

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