3:西区
細い道を走り抜け、リオが辿り着いたのは西区の西大通りだった。
走っている間もずっと、ドーン、ドーン、という爆破音が鳴り続けていた。
リオは、何かとても悪いことが起きているのではないかと、必死に走っていたのだが、その目に映ったものは意外な光景だった。
曲がり角を曲がって見えたものは……
色とりどりの紙吹雪が宙を舞い、愉快な恰好をした面白い顔の人々が、奇妙な乗り物に乗って大通りを移動している。
その手には、これまた色とりどりの玉を持っていたり、酒の瓶のような物を持っていたりするのだが、それらを頭上に投げ上げては器用に受け止めているのだ。
他にも、煌びやかな衣装を身にまとった女が、その服の裾を両手で持ち、ひらひらと揺らしながら踊っていたり、楽器を持った男達が楽しそうに歌いながら演奏していたりと、通りはお祭り状態だ。
そして、ドーン、ドーン、という爆破音の正体は、紙吹雪を空へまき散らすための、比較的小さな大砲の音だった。
「これは、道化師の一団ですね」
いつの間にか背後にいたマンマチャックが、荒い呼吸を整えながらリオに話し掛ける。
「どう、けし?」
聞き慣れない言葉に、リオが尋ねる。
「はい。顔を面白く塗っている者達は、ピエロとも呼ばれています。彼等は、笑いと奇術で人々を幸せに導く者達であると、父から聞いてます。ほら、あそこを見てごらんなさい」
マンマチャックの指さす先には、愉快な格好をしたピエロが差し出す風船を、嬉しそうに受け取る子どもの姿がある。
「なるほど……、確かに」
すると、別のピエロが、リオに大きなキャンディーを差し出してきた。
ピエロは、顔を真っ白に塗りたくり、真っ赤な丸い鼻をつけて、目の上と頬をピンク色に染めている。
リオは、不思議な顔だなぁと思いながらも、その愛嬌溢れる笑顔に、思わずキャンディーを受け取る。
するとピエロは、何も持っていない手をリオに差し出してきた。
「幸せを分けてもらったのなら、対価を払わねばなりませんよ」
マンマチャックにそう言われて、リオは慌ててポケットを探り、たまたま手に取った金貨をその手に渡した。
すると、笑顔だったピエロの顔が真顔になり、目をシパシパさせる。
「あぁ、金貨は駄目ですよ。せめて銀貨……、いえ、銅貨にしないと」
そうは言われたものの、そんなに都合よくポケットから銅貨が出てくるわけもなく、リオはわたわたとする。
その様子を見ていた周りのピエロ達が、わらわらとリオの周りに集まり、それぞれが手にしていた物を一つずつリオに渡した。
薄紅色の花束に、小さな飴玉が沢山入った袋、風船が三つに、つばの大きな麦わら帽子まで。
両手がいっぱいになったリオを見届けて、ピエロ達は笑顔で離れて行った。
リオは、どうすればいいのかもわからずに、隣のマンマチャックに助けを求める。
「君には、いろいろと教えなければならないことがありそうですね」
溜め息交じりに笑うマンマチャックに向かって、リオは苦笑いした。
「うちはタンタの者は大歓迎さ! 何日でもいてくれていいよ!」
体格の良い宿屋の女将が、気持ちの良い笑顔でそう言った。
肌が少し小麦色なのはきっと、彼女にもタンタの血が混じっている証だろう。
西区の南端の一角には、タンタ族の者達が多く住んでいると北門で耳にしていたマンマチャックは、リオを連れてそこを訪れた。
他の場所に比べてせせこましく、ガチャガチャとした街並みだが、それでも居心地が良いとマンマチャックが感じるのは、同族が平和に暮らしている様が見て取れるからだろう。
むしろここでは、リオの方が浮いて見えるのだが、幸いにもリオは、そういった疎外感を全く感じない鈍感な性格らしく、顔色一つ変えずに終始にこやかだった。
宿の三階の一室、ベッドが二つあり、小さな暖炉が一つあるその部屋で、二人はしばらくの間、寝泊りする事になった。
リオは、鈍感ながらも、自分が世間知らずである事には薄々気付いていた。
それでも何とかなるだろうと王都までやってきたのだが、マンマチャックに出会った事によって、どうにも一人じゃ無理そうだと理解した。
マンマチャックはとても親切そうだし、同じように人探しをするらしいので、しばらくはお互い協力していければいいな、と単純に考えている。
それに対してマンマチャックは、この先どうすればいいのかと悩んでいた。
師であり父であるケットネーゼが、最期に口にしたのが魔導師クレイマンの名だった。
それ即ち、クレイマンなら何とかしてくれる、力になってくれる、という意味だったのだと解釈している。
だがしかし、そのクレイマンはもうこの世にいない。
希望は経たれてしまったのかも知れない……
けれど、まだ落ち込むには早い。
不幸中の幸いともいうべきか、マンマチャックは、そのクレイマンの弟子であるリオに出会えた。
少しばかり……、いや、かなり頼りないが、あのクレイマンの弟子なのだ。
リオの探し人である魔導師シドラーも、マンマチャックの記憶が正しければ、五大賢者の一人であったずだ。
だとしたら、ケットネーゼとも少なからず面識があったはず……
リオを手伝い、シドラーを探す以外に、行くべき道はない。
けれど、マンマチャックは悩んでいた。
何か、大きな力が、動いているような気がしてならなかった。
その大きな力が、良いものなのか、悪いものなのか、それすら分からないが、このリオとの出会いが偶然ではないと、マンマチャックは感じていた。
誰かが、意図して二人を会わせた様な……
言い知れぬ不安を、マンマチャックは抱えていた。
そんなマンマチャックとは裏腹に、リオはわくわくしていた。
部屋の窓から見える、西の山に沈みゆく夕日を見つめて、これから何が起きるのだろうと心躍らせていた。
クレイマンの死は悲しい出来事だったが、今のこの状況には、これまで感じた事のない高揚感を感じていた。
自分の足で歩いているという実感が、リオの胸を高鳴らせていた。
朝が来た。
西区の朝は薄暗い。
大きな城の陰に隠れている為か、日が当たるまでは時間がかかる。
先に起きたのはリオだった。
昨晩、宿の一階にある広い食堂でマンマチャックと夕食を食べた際に、明日は西区で情報収集をしよう、シドラーの事を探そう、と約束していた。
マンマチャックの探し人はいいのかと尋ねたが、「自分のは後でいいから、先にリオの探し人を探しましょう」と言ってくれたのだ。
それがどうしてだかとても嬉しくて、居てもたっても居られずに、リオはいつもより随分と早く、スッキリと目覚められたのだった。
持ってきた荷物をゴソゴソと漁って、一冊の分厚い魔導書を取り出すリオ。
そこには様々な火に関する魔法が記されており、朝一番に全ての魔法を復習する事が、小さい頃からの日課なのだ。
魔法陣は、リオのオリジナルの物で全て代用できるが、呪文はそうはいかない。
昨日も本当は、失敗していたのだ。
刃物を持ち走ってくる男に対して、火花を出して驚かせてやろう、ぐらいにしかリオは考えてなかった。
しかし、心の中で唱えた呪文が違うもので、間違えて紅の炎を出してしまったのだった。
紅の炎は、火の魔法の中でも高等魔法に当たる強力なもので、本当に相手を滅ぼす目的の場合にしか使ってはいけないような魔法だ。
幸い、詠唱後にリオが多少なりとも動揺してしまった事で、威力は半減したようだったが……
あの後、あの男がどうなったのかは知らない。
大火傷を負っていたし、運が悪ければ、死んでしまっているだろう。
まぁでも、悪い人だったし、別にいっか……
そんな事を思いながらも、あれはやってはいけない失敗だったなと、罪悪感はないが、リオなりに反省はしていた。
ベッドの上でリオが、ぶつぶつと呪文の復習を行っていると、マンマチャックがむくりと起き上がった。
寝ぼけ眼と、パンパンにむくんだ顔が面白くて、リオはぶっと吹き出す。
「……おはよう。……朝から熱心だね」
安眠を妨害されたマンマチャックは、いささか不機嫌だった。
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