五人の賢者 〜白の王と黒い竜〜

玉美 - tamami-

第1章:魔導師クレイマンの弟子、リオ

1:決意の炎

 リオは考えた。

 自分が今、何をすべきなのかを……


 目の前に横たわるのは、かつてこの国で偉大なる発見をし、その功績を讃えられた賢者の一人、クレイマン。

 リオの育ての親であり、師である男だ。

 クレイマンの体には、この世のものとは思えないほど禍々しい、異形な生き物が無数に張り付いている。

 それらがクレイマンの命を食らい尽くそうとしているのだ。

 リオはおもむろに手を伸ばし、クレイマンの体からそれらを取り払おうと試みる。

 しかし、まだ未熟なリオにとって、それは不可能な事。

 異形な生き物たちは、リオの無力を嘲笑うがごとく、何処からともなくその数を増やしていく。

 今にも息絶えてしまいそうな師を前に、リオは己の未熟さを、痛いほど感じていた。


「リオ、もうよい」


 リオの手を、クレイマンが止めた。


「これが定められた運命ならば、私はそれを受け入れよう。私は、器ではなかった。ただそれだけのこと……」


 苦しそうなクレイマンの声。

 リオの目に、涙が溢れる。


「リオ、頼みたい事がある……。あのペンダントを持って、魔導師シドラーを探せ。そして、私の身に起きた事を全て、話して聞かせるのだ。それが、私の最後の願いだ」


 クレイマンの肌が、黒味を帯び始める。


「もう時間がない……。リオ、火を……、私の体を燃やせ。これを外に出してはいけない。私が、持って行く」


 クレイマンの体が、内側から大きく波打つ。

 異形な生き物たちが、クレイマンの体内に入り混んでいるのだ。

 躊躇うリオの腕を、クレイマンが強く握りしめる。

 そして、カッと目を見開き、こう言った。


「いいかリオ、よく覚えておけ。魔法とは、己の身を守る術でありながらも、時に牙を向く。一度間違えれば、己の命をも危ぶめる諸刃の術だ。私は己の力を過信したが故に滅びる。しかし……、お前は違う。お前はまだ未熟だが、素質はある。私よりも大きな、とても大きな力と可能性を秘めている。私の為に、ここで死してはならない。だから早く……、早く! 火を!」


 クレイマンの必死の形相に、リオは震える足で立ち上がった。

 その手に火を灯し、クレイマン目掛けて放つ。

 クレイマンは微笑みながら、黒い炎に焼かれていった。


「クレイマンさん……。僕は必ず、この国を……」


 クレイマンのペンダントを胸に、リオは旅立った。






 リオは一人、山道を下って行く。

 背負った荷物の重みと心の重みが、小さな両肩にのしかかり、その歩みは遅い。

 暮れ始めた夕日が、森をオレンジ色に染めていく。

 その光景が、リオには滲んで見えた。


 溢れる涙を止めることが出来ないリオの脳裏にあるのは、クレイマンとの思い出だ。

 リオは、物心ついた頃から十数年、ずっとクレイマンと一緒に暮らしてきた。

 それ以前の記憶は何もない。

 人里離れた山奥に、ひっそりと佇むクレイマンの家は、麓の村の人々から「賢者の館」と呼ばれていたが、館と言うにはあまりに小さく、古く、もろかった。

 しかし、クレイマンはこの家を離れなかった。

 この家こそが、自分の居場所で、リオの帰る家だと、いつも言っていた。


 クレイマンは優しく、賢く、そして強かった。

 若き頃は国一番の魔導師と謳われ、老いてもなおその存在は賢者として語り継がれていた。

 ひとたび麓の村に降りれば、たちまち村人に囲まれて、やれ冒険談だの、やれ病気の治癒方法だのと、口々に話し掛けられて、日が暮れるまで山に帰れないことがしばしばあった。 

 しかしそれは、クレイマンが強い魔力を持つ証ではなく、優しい心を持つ証なのだと、リオはいつも思っていた。


 クレイマンは、リオに沢山の事を教えた。

 様々な魔法はもちろんのこと、生きていく為に必要な知識、技術、心得など。

 全て、リオを愛するが故の行いだった。

 リオは、いつでもクレイマンと一緒だった。

 辛い時も、悲しい時も、嬉しい時も、楽しい時も。

 笑顔も、涙も、怒った顔も……

 全てがクレイマンと共にあった。

 それが、リオにとって日常であり、未来だった。

 

 思い出を掘り起こしていく内に、いつしかリオの涙は止まっていた。

 ある言葉を思い出したからだ。


「生きとし生けるものはみな、いつかは旅立つ。定められた生を全うして、この世を去るのだ。リオよ、どんな時も、己の運命から目を背けてはいけない。定められた運命と共に、生きていかなければならない」


 クレイマンは、よくそんな事を言っていた。

 リオには少し難しくて、その言葉の意味全てを理解出来てはいないが、忘れてはいけない言葉だという事だけは分かっていた。


 帰る家はもうない、クレイマンは……、もう、いない。

 これからは、自分の足で、進むべき道を探さなくてはいけない。

 そして、クレイマンの最後の願いを、叶えなくてはならない。

 他の誰でもなく、たった一人の弟子である、自分が……


 リオの小さな心には、決意の炎が灯っていた。

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