傲慢な妹は姉を蔑み、何でも私物を持ち去ろうとする

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 妹のユフィは世渡り上手だ。


 人をおだてるのがうまい。


 相手を巧みに褒めては、天使のような笑みで笑いかけて、何かを買ってもらったりしている。

 自分のお金があってもだ。


 場合によっては思ってもいない事まで言う。


「おじいさま、カッコいい! 私もおなじのが欲しいわ」

「お母様のドレス素敵! 私もお母様みたいに大人のレディーみたいになりたいな」


 それに加えて、人の同情を買うのも得意だ。


「えぇぇぇぇん。どうしてそんなイジワルいうの?」

「ひどい、そんな言い方しなくてもいいじゃない」


 人の物を使って壊した時とか、悪戯した時でもそんな風にのりきる。


 自由自在に好きな時に涙を流せるので、泣きまねをしてよく人を困らせた。


 機嫌が良い時は、ただ微笑むだけでいい。


 見た目が美人だから、ユフィが微笑んだ時の威力は抜群だ。


 人々は妹の事を生ける天使だと読んだ。


 けれど、天使なのは外身だけ。


 中身は、悪魔に近い。


 妹のユフィををとり囲む者達は、その愛を一身に受けようと盲目的になっているから気が付かないのだろう。


 ふとした瞬間、姉である私を見る目が、さげすみの色に染まっている事に。


「お友達の一人もいないお姉さま、とっても可哀そう。きっといつも私をねたんでばかりいるから、顔がこわくなっちゃったせいね。もっと広い心をもたなくちゃだめよ」


 妹は日に日に傲慢になっていった。








 話しはそれるが、私は邪神と友人である。


 なぜ、そんな事になったのか話すと長くなるが、簡単に説明するとユフィのせいであった。


 ユフィに魔除けの品を奪われて、さらに近くにある魔の森に大切な品物を捨てられてしまった事がある。


 のちに後半部分は嘘だと知ったけれど、その時の私は信じ込んでしまって、自ら危険な場所へ向かってしまったのだった。


 その時に偶然、怪我をしていた邪神と出会って、色々あった後に仲良くなったというわけだ。


 だからそのような成り行きで、友達になった邪神から色々な品をもらうのだが。


 それらは私が持っていないと正しい効果が発揮されないようにできているとか言われた。


 他の人が持つと、とんだ不幸の品物になるとか。


 詳しい事は教えてもらえなかったが、何かとんでもない事になるというのだけは確信できた。

 なので、私は邪神から送られた品物を丁寧に扱う事にした。


 まちがって掃除係の使用人が手にしたら危ないので、そういう品物は厳重に人目のつかない場所に保管する事にしたのだった。

 できればそもそもそんな危険な物を贈らないでほしかったのだが、邪神は意味深に笑って「大丈夫だ」というばかり。


「大丈夫」の意味が分からない。


 出会った人間をぱくりと食べてしまうような人(神)ではないようだけど、何を考えているのか分からなかった。


 けれど、彼がどうしてそんな事をしたのか、数か月後に知る事になった。






「時の流れは人を寛容にするな」


 邪神の元に遊びに行った時、私は彼のそんな意味不明な言葉を聞いた。


 元の姿でいると、大きすぎて私を踏んづけてしまうとかで、今は人型の姿になっている。


 彼は昔は、大きな姿で暮らしていたが、最近は人型になったため、森の中に建てた小さな家に住んでいるのだ。


 邪神に出されたお茶を口にしながら私は「何の話?」と尋ねる。


「数千年前に神と戦って、力の大半をうばわれた我は非力になった」

「私達人間からすると、見た目を変えられる存在なんて、まだとんでもない部類に入ると思うけれど」

「無力なまま数千年を過ぎれば、弱き者の気持ちも多少は分かる」

「はぁ。だから?」


 つまり何が言いたいのだろう、と私が口にしているお茶と同じものをすすっている邪神を促す。


「一昔前の我であれば、気に入らない人間など一思いに踏みつぶしてやったのだが、今は嫌がらせをするにとどめてやるほどには寛容になったのだ」

「何かしてるの?」


 邪神は「これを見よ」とどこからかとりだした水晶を私に見せてくる。


 内部をのぞきこむと、私の部屋をあさっている妹の姿が見えた。


「ユフィ、人の部屋に無断で入ったら駄目って散々言っておいたのに」


 私は呆れるばかりだ。


 どうやらこの水晶は、遠くの私の部屋を映し出しているらしい。


「というか、これも犯罪よね。貴方、これでたまに私の事を見てたの?」

「いっ、いや。見てない。見てないぞっ」


 邪神は慌てて視線を逸らす。ちょっと顔が赤い。

 すこぶる挙動が怪しかったが、追及は後にすることにした。


 ユフィは私が隠した贈り物を見つけて、喜んで持ち去っていった。


 妹の性格の悪さを知ってからは、私だけは甘い顔をしないでいたから、それを不満に思っていたのかもしれない。


 彼女はこうやって、嫌がらせをする機会を待ち望んでいたのだろう。


 けれど数秒後に、私の部屋の外で何かあったらしい。扉の隙間からもくもくと煙が入ってくる。


 水晶は音声は聞こえないので、人の声とかがしてても聞き取れないのが残念だ。


 おそらく部屋のすぐまえの廊下で何かあったのだろう。


「うむ、呪いが作動したようだな」


 満足げにうなずいた邪神が水晶に手をかざす。


 すると、水晶に映し出される場面が変わった。


 景色は、もくもくと白い煙が充満する廊下になった。


 しばらくして煙がはれると、そこに佇んでいたのは、真っ白な粉で全身をコーディネートしたユフィの姿だった。


「くくくっ、我の恩人を困らせた罰よ。それ、間抜けな面をしているぞ」


 まさか、いつかユフィが私の部屋に入る事をみこして、迷惑な贈り物を送りつけてたと言うのだろうか。


 とりあえず私は一言いった。


 額に青筋を立てながら。


「他の品物が盗まれる可能性もあったんだから、部屋に侵入されない方向で考えてほしかったのだけど」

「あっ、すみません」





 これで、妹が懲りてくれればよかったのだが、彼女は思ったより神経が図太かったらしい。


「ほう、今日もまたやってるな」

「へびにまみれてるわね」


「それ見ろ、今度は水浸しになっているぞ」

「私の部屋の中でね。掃除誰がすると思ってるの」

「あっ、すみません」


「きょっ、今日は迷惑をかけない呪いの品だぞ」

「お化けがでてくるって、どうなってるの? あれ、家に住み付いたりしないわよね」

「後に我が浄化してやろう」


 何度も部屋に入っては、何かを盗み出そうとして痛い目に遭っていた。


 いい加減やめればいいのに。


「これで、十日連続だが。お前の妹は阿呆なのか」

「言わないで。私がよく分かってるわ。あの子、自分の思い通りにならないのがすごく嫌なのよ」


 たくさんの人に甘やかされてきた影響だろう。


 都合の悪い現実があっても、それを受け入れられない。


 自分の思い通りに事が運ばない時でも、妹はめげたり諦めたりしなかったのだ。


 その才能はもっと別の場面で発揮してほしかったが。


「悪い方向に頑固な娘だな」

「そうね」






 とにかくこのまま育ってはまずいと思って一発強烈なのを見舞う事になった。


 これで、改心してくれればいいのだが。






 数日後、音声も聞こえるようになった水晶をのぞきこむと、また部屋をうろついている妹の姿があった。


「毎回毎回、お姉さまったら。一体何のマネなの。お姉さまが先にいじわる言ってきたくせに」


 物を盗るとろくでもない目に遭う事は学習したのか、今度は部屋の中を荒らす嫌がらせをはじめている。


 それでも、根付いた習慣が忘れられないのか、ちょくちょくアクセサリとか小物類とかに手をだしているが。


「これは正当な仕返しなんだから、大人しくやられてればいいのに。きちんと友達を作れだなんて偉そうに言って来た罰yp」


 ユフィは、私がたまに妹の素行を注意するのを、根に持っていたらしい。


「私より友達の少ないお姉さまの言葉が正しいわけないじゃない」


 ただの何となく部屋を荒らされていただけかと思ったら。

 ずいぶん、根に持たれていたようだ。 


 なおも恨み言をぶつぶつつぶやいている妹は、私の部屋の鏡に近づく。


 すると、鏡に映った妹が動き出した。


「えっ、今鏡の、きゃあっ!」


 動いたそれはあっというまに、本物の妹を鏡の中に引きずり込んでしまった。


 これにはさすがにぎょっとする。


「これ、大丈夫よね」

「問題ない。大丈夫だ。何の心配もいらない」


 本当だろうか。


 そう言葉を重ねられると逆に不安になるのだが。


 水晶を覗き込む。


 鏡からは偽物の妹が出てきたが、本物の妹は閉じ込められたままだ。


 閉じ込められている妹は、さすがに青ざめている。


「ふっ、しばらく奴を鏡にとじこめておけば、さすがに反省するだろう。お前達は偽物と仲良く談笑するだけで、妹の躾ができるぞ。そうだな。夕食をとる部屋に鏡を置いて、一家だんらんを見せつけてやるのはどうだ?」

「それは確かに効きそうね。貴方が後で出せるなら、それもありかしら」


 そこまでやれば改心してくれるはず。

 なんて思っていたが、実際にそこまでする必要はなかったようだ。


 偽物の妹が鏡を抱えて部屋を出て言ってしまった。


「ねぇ、あの偽物。放っておいて大丈夫なの?」

「大丈夫なわけなかろう。悪霊だぞ」

「だめじゃない。鏡壊されたりしたらどうするのよ」

「あっ」


 私は邪神の襟首をつかんで、間抜けな顔をしている相手を睨みつけた。







 きっと罰があたったんだ。


 お姉さまの部屋に悪戯をしていた罰が。


 私はなぜか鏡に閉じ込められてしまった。


 がんばってみたけど、どうやっても出られない。


 ひょっとして私は、このまま一生ここに閉じ込められてしまうのだろうか。


 私はすぐに泣きそうな気持ちになった。


 でも、すぐに泣いてる場合ではないと気が付いた。


 偽物が私の入った鏡を持って、どこかへ移動し始めたのだ。


 歩いていった先は屋敷の中の。一番高い場所。


 窓を開けた偽物を見て、私は悲鳴をあげた。


 きっと、本物の私が入った鏡を、ここから投げて壊すつもりなのだ。


 そんなの嫌だ。


 鏡が割れたら、私はどうなる?


 もしかしたら、死んでしまうかもしれない。


「いやあっっ、もう悪いことしないから。許して! いい気になったりしない! お姉さまの言葉もちゃんと聞くから! 誰か助けてよ!」


 でも私の言葉を聞く者はいない。


 偽物はいよいよ、鏡を窓の外に出して放り投げようとした。


「いやぁぁぁ、死にたくない! 助けて、お母様、お父様、お姉さま!」


 次の瞬間、偽物の手が鏡から離れようとしたけれど。


「まっ、間に合った。良かった。大丈夫ユフィ?」


 お姉さまがやってきて鏡を掴んだので助かったのだった。


「お姉さまっ、ううっ。怖かったよぅ。うわぁぁぁぁん」


 私は子供の頃のことを思い出していた。


 かくれんぼで皆から見つけてもらえなくてしょげていた幼い私。


 皆はとっくに帰ってしまって、寂しい思いをしていたけれどお姉さまが探しに来てくれた。


 お姉さまはいつだって、私の事を心配してくれていたのだ。


 どうしてそんな大事な事を忘れていたのだろう。







「やれやれ、世話のかかる姉妹だ。まあ、我のまいた種のせいでもあるが」


 悪霊である偽物を捕まえて除霊をした我はため息をついた。


 そして、妹の部屋に言って、そこにある呪いの品を手に取って、粉々に砕いた。


「傲慢の呪いがかかった品物か。誰かからもらったのか、偶然買い込んだのか知らんが、運のない妹だ」


 元の場所に戻ると、鏡の中で泣きべそをかきながら謝っている妹と、それに優しく微笑みかける姉の姿があった。


「ふっ、ここまで協力してやったんだ。また変な物に躓かないか我が見張ってやるとするか。なに、人の一生など我にとっては数秒に等しいものだ」

「なに恰好つけているのかしら? 貴方のせいで妹が死にそうになったのだけど。それより早く鏡から出してあげて」

「あっすみません」


 うむ、人の一生は短いが、何だかんだこの姉妹は濃い人生になりそうなので体感的には長くなりそうな気がする。



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