コートの下
軽めの朝食を済ませた後、洗面所で顔を洗い、歯磨きも終わらせて部屋に戻ろうとした時、廊下の壁に背を預けて立っているリリーの姿に気付いた。
「リリー? もしかしてわたしのことを待っていたの?」
「ええ、そうなの。ゆかり、この後って何か用事ある?」
「ううん、別に用事はないけど……」
「だったら、この近くを案内してくれない? ずっとクトゥルフ号の修理ばかりやっているから気分転換したいの」
「……別にいいよ。今日は天気もいいみたいだし」
リリーに出掛ける準備をしてくると告げ、わたしは一旦部屋に戻った。
部屋着から淡いブルーの透かし編みニットと白色のフレアスカートの外出着に着替え、メイクも済ませて髪もセットし、最後に姿見で全身をチェックする。
準備ができたわたしは1階に下り、リビングでテレビを観ながら待っていたリリーに声を掛けた。
「お待たせ。リリーは準備できてる?」
「私は最初からできているわよ。それじゃあ行きましょう」
テレビの電源を切るとソファーから立ち上がり、颯爽と目の前を通り過ぎるリリーの肩を掴んでわたしは引き止めた。
「――ちょっと待って! リリーったらスクール水着のままじゃん。ぜんぜん準備できてないよ」
「ゆかり、スクール水着はスクール水着でも私のやつは旧型スクール水着よ」
「そのこだわりはいいから! 外出するんだから水着じゃまずいよ」
すると、リリーはリビングにある掃き出し窓から遠くの空を見つめた。
「――だって、私……この旧スク水しか持ってないもん……」
「えっ!? そ、そうなの!? 他に服は持ってないの?」
リリーが頷き、わたしは頭を抱えた。
まさか、本当にリリーは旧型スクール水着で外出しようとしていたの?
「スク水しか持ってないってことは下着もなし? 服もわたしのサイズが合うか分からないし……」
わたしはしばらく悩んだ後、いいことを思いついて部屋に戻り、すぐにリビングへ取って返す。
「リリーお待たせ。今日は遠出をするわけじゃないから水着の上にこれを着て」
「こ、これを着るの? 何だか露出が少ないし、窮屈そう……」
わたしは部屋から持ってきたベージュのダブルトレンチコートをリリーに渡す。
「コートなら上から着られるし、水着も隠せるでしょ? 本当は普通の服に着替えて欲しいけど代わりの服がないし……」
両手で掴んだダブルトレンチコートを眺めていたリリーは、仕方がないといった様子で旧型スクール水着の肩紐を外して脱ぎ――。
「ちょ、ちょっと!? 何でスク水を脱ごうとしてるの!?」
リリーの意味不明な行動にわたしは驚く。
「だって、水着の上に何かを着るってありえないじゃない。基本的に触手星人は肌の上に身につけるのは水着のみ。露出が少ない服や重ね着は嫌いなの。旧スク水で出掛けるのは無理っぽいし、今回は我慢してこの服を着るけど……」
「我慢して着るって、そんなに嫌なの? でも裸にコートだけっていうのはまずいよ。万が一、コートが脱げるようなことがあったら事案が発生しちゃう!」
裸にコートだけって露出狂の不審者だし、それが原因で騒ぎが起こってリリーの正体が世間に公表されることは避けたかった。
「リリー、今回は水着の上からコートを着て! お願い!」
わたしの申し出を黙って聞いていたリリーは、ため息まじりに頷いた。
「――分かったわ。触手責め4時間コースで手を――いや、触手を打ちましょう」
「ごめん、もう出掛けるのは止めよう」
呆れたわたしがリビングから出ていこうとすると、リリーが触手髪を伸ばしてわたしを引き止めた。
「ごめん冗談よ! ゆかり、今回は我慢するからー!」
わたしが足を止めるとリリーのピンク色をした触手髪が縮んで、元のツーサイドアップに戻った。
「――はぁ、先が思いやられるよ……」
わたしの口からはため息しか漏れなかった。
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