非日常の始まり
リリーとの出会いから数日経った休日の朝。平日よりも遅く起きたわたしはぼんやりとした頭のまま部屋を出ると、1階に続く階段を下りてリビングに向かう。
廊下のドアを開けてリビングに入ると、触手星人ことリリー・テンタクルがソファーでくつろぎながら興味深そうにテレビを見ている光景が飛び込んできた。
「リリー、おはよう。もう起きてたんだ」
「ゆかりが遅いのよ。妹ちゃんは用事があるからってもう出掛けちゃったわ。それにしてもこのアニメ面白いわね」
リリーが観ていたのは日曜の朝からやっている女児向け変身ヒロインのアニメだ。
わたしはあくびを噛み殺しながらソファーに座っているリリーの姿を眺める。相変わらず、リリーの格好は奇抜だった。
頭にあるのは半透明をした
物体の表面はどこか濡れているような光沢があり、タコの吸盤を思わせるような大小の4つのなだらかな突起が左右に並んでいる。
ピンク色をしたスーパーロングの触手髪はツーサイドアップにしており、手を使わずに触手髪でテレビのリモコンを器用に操作する姿は見慣れてしまった。
服装は紺色の旧型スクール水着と呼ばれるもので両脚には白色のオーバーニーソックスを
番組が終わり、リリーはスラリと伸びた脚を組みながらわたしを見上げた。
「でも惜しかったわ……アニメが終わってもゆかりが起きてこなかったら、私が優しく触手で起こしてあげようと思ったのに……」
リリーはどこか残念そうに呟く。
「しょ、触手で優しく起こすなんて絶対に無理! わたしが触手に絡みつかれて苦しんでいる絵しか浮かばないよ!」
そう――この数日の間に嫌というほど、わたしはリリーの触手を味わってきたのだ。
わたしが入浴をしていると触手で扉の鍵を難なく開けた裸のリリーが浴室に突入し、体を洗ってあげるという名目で泡まみれの触手を伸ばしてわたしの全身を舐めるように触手を這い回らせる。
他にもホームシックで眠れないとリリーがわたしの部屋を訪ねてきたこともあった。
わたしはリリーを可哀想に思って部屋に泊めてあげたけど、実はホームシックというのはわたしに触手責めをするためのカムフラージュであり、別々に寝ていたのに夜中になってリリーはわたしのベッドの中に侵入して触手を絡め、その後は……言うまでもない。
この数日で色んな触手被害にあったけど相手が触手星人であるリリーなだけに、わたしがいくら注意をしても無意味だった。
最後の手段でお母さんの名前を出せば一旦リリーはおとなしくなるけど、リリーは湧いてくる触手欲を抑えられないらしく、暇さえあれば触手を伸ばし続けるのであった――。
「はぁ……嫌なことを思い出しちゃった……」
数日間の出来事を振り返っただけで頭が痛くなる。
「ゆかり、何か悩み事? 私でよければ相談に乗るわよ?」
ため息ばかりつくわたしを心配しているようだけど、悩みの種である
今すぐ触手星に帰って! と言いたい所だけど、宇宙船は修理中なのでどうすることも出来ない。流石に家の外へ放り出すのも可哀想だし……。
「ねえリリー、宇宙船ってあとどれくらいで直りそう?」
「うーん、そうねぇ……軽く見積もっても1ヶ月以上は掛かるわね。予備のパーツは揃っているけど、私を困らせようとポンコツAIが修理の邪魔をしてくるのよ」
「ポンコツAI?」
リリーは悩ましそうに腕組みする。
そう言えば、宇宙船が墜落した時もポンコツAIがどうとか言っていた気がする……。
「触手星と通信ができれば一番いいんだけど、地球星は宇宙広域通信網の圏外だから連絡も取れないのよねぇ」
「そうだ! 復元スプレーを使えばすぐに宇宙船の修理ができちゃうんじゃない?」
わたしはナイスアイデアだと思って提案してみる。
壊れた物を復元できる宇宙アイテム――、これを使わない手はない。
しかし、リリーは首を横に振って旧型スクール水着の胸元に指先を滑り込ませた。
「……ゆかり、残念だけど復元スプレーの中身は空なの」
胸元から取り出した復元スプレーの缶を振って見せるリリー。
「本当は復元スプレーを使って、クトゥルフ号を修理するつもりだったの」
「……クトゥルフ号って、リリーの宇宙船の名前?」
肯定してリリーが頷く。
「――だけど、クトゥルフ号で部屋を壊しちゃってゆかりも困っていたから、こればかりは仕方がないわ」
「つ、つまり……壊れた部屋の修理に復元スプレーを使わなかったら、今頃リリーは宇宙船を直して触手星に帰っていたってこと?」
「まあ、そう言うことになるわね」
あの時――、無理にでもリリーを追い出していればリリーは修復したクトゥルフ号で宇宙に飛び立ち、もうここにいない。
でもそれと引き換えに自宅の屋根や天井には大穴が空いたまま、わたしの部屋もめちゃくちゃな状態で放置されるわけで――……。
屋根や天井、部屋などの修理費を考えると何もしないまま宇宙に帰ってもらうより、家を直してもらってリリーをしばらく居候させた方が安上がりなのかも知れない。
いずれリリーは宇宙船を修理して出て行くのだから、触手に絡まれる日々はもう少しだけ我慢だ。
「宇宙船の修理、できるだけ早く頼むよ」
「頑張ってみるわ。別に私はず~っとこの惑星にいてもいいんだけどね」
「そ、それはお断り! これ以上、触手とは付き合いきれないから!」
わたしはリリーとの会話を打ち切ってキッチンに向かう。
個人で宇宙船を所有し、わたし達の銀河系までやって来る時点で触手星は地球の科学力を遥かに超えているだろう。知性も高そうなのに触手星人のリリーはいつも触手責めのことばかり考えていてちょっと呆れてしまう。
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