触手星人のススメ

きいせくるみ

触手星人のススメ

第01話 触手ファーストコンタクト

第三種接近遭遇

 ■日本・神奈川県某所

 西暦20XX年 4月初旬


 駅の改札を抜けたわたしは一緒に帰っていた友人に別れを告げると、ひとり帰路につく。ふと見上げた空は黒煙が溜まったような厚い灰色の雲に覆われおり、上空を吹く強風が雲を押し流していく。


 天気予報によると急速に発達した低気圧が関東地方に接近しているようで、今日の夕方から強風を伴った激しい雷雨になると言っていた。突然の雨に備えてスクールバッグには折りたたみ傘を入れているけど、強風が吹いている今の状態では雨が降ってきても傘を差すのは無意味だろう。


 幸いにもまだ雨は降り出しておらず、風も強いけど電車は動いていたので学校から自宅の最寄り駅までは帰ってくることができた。


 時折吹きつける突風のような風が髪を弄び、片手でスカートを押さえながらわたしは足早に自宅へ急ぐ。強風によって揺れる電線がヒューッという風切り音を響かせ、空を覆っているどんよりとした雲の影響で辺りは普段の同じ時間帯よりも薄暗い。


 雨が降り出す前に自宅へ帰り着いたわたしは玄関の鍵を開けて家の中に入る。家の中はひっそりと静まり返っており、玄関に家族の靴がないところを見るとまだ誰も帰って来ていないようだ。


 帰宅したわたしは真っ先に洗面所へ向かうと洗面台にある鏡の前に立って自分の姿を見た。ミディアムにした黒髪は強風のせいで乱れていたものの、雨に降られなかったおかげで真新しい学校の制服は無事である。


 1週間ほど前に高校デビューをしたわたしは学校の制服がとても気に入っていた。


 洗面台の鏡に映るチョコレート色をしたセーラーブレザーと胸元の赤いリボンにすその上に黄色のラインが入った白地のプリーツスカート。お気に入りである制服姿を眺めていると自然に笑みが溢れてきた。


 わたしは乱れた髪を手ぐしでササッと整えると自宅の2階にある自室へ戻った。


 ちょうどその時、屋根をバタバタと叩く雨音が聞こえ始めたかと思うとまるで滝の下にいるような雨の轟音が響いてきた。土砂降りによって周囲の音はかき消され、強風が窓に雨粒を叩きつける。


「降ってきちゃった……お母さんと琴音、大丈夫かな……」


 窓辺に立って外の様子を眺めていると、遠くの方で地鳴りに似た音が大気を震わせた。


 わたしが部屋の窓から雨雲を見上げた瞬間、薄暗い外の景色がカメラのフラッシュを浴びたように一瞬だけ明るく光り、数秒も待たずに大気を無理やり引き裂いたような雷鳴が響いてわたしは短い悲鳴を上げた。


 雷鳴は後を引いて小さくなっていくが強烈な空気の振動が家全体を包み込み、やがて収まる。


「――び、びっくりした……雷まで鳴なり始めちゃった」


 土砂降りの雨に台風のような強風と激しい雷――天気予報で言っていた通り、夕方から春の嵐になったようだ。


 鳴り響く雷にビクビクしながらわたしは部屋着に着替えようとクローゼットに向かう。その時、近くで雷が鳴ってわたしは思わず身を縮めた。雷鳴が小さくなったところで顔を上げると、家の外からまるで飛行機が低空飛行でもしているような大きな風切り音が聞こえ始めた。


 何事かと思ってわたしが天井を見上げた途端、突如天井がものすごい轟音と共に内側から膨らんで変形したかと思うと次の瞬間には折れた柱や瓦礫が勢いよく天井を突き破って部屋の中になだれ込み、同時に大量の粉塵が舞ってわたしの視界を遮った。


 家全体を揺るがす衝撃に足を取られたわたしはクローゼットに倒れ込む。何かに掴まろうと反射的に手を伸ばしたけど、近くにはハンガーに掛けてある服ぐらいしかなく、わたしは掴んだ服を引きずり落としながらクローゼットの中に転がった。


 キーンという耳鳴りのような高い音と何か大きな物体がメリメリと床を割ってめり込んでいく破壊音が部屋の中に響いていたが、やがてボリュームを下げるように室内を騒がす騒音は小さくなっていった。


「ゲホッゲホッ! な、何が起こって――ゴホッゴホッ!」


 クローゼットのハンガーに掛けていた何十着もの服の下敷きになっていたわたしはモゾモゾと服の山から這い出ると、部屋の中を舞う粉塵から鼻と喉を守るように手元にあったシャツで口元を覆う。


 粉塵によって室内の視界は悪いが天井を突き破ってきたらしい屋根の柱やはり、そして瓦礫の山が足の踏み場もないぐらい床に散らばっている光景が薄っすらと見える。


「ま、まさか……雷が落ちたの?」


 服の山から抜け出したわたしはクローゼットの中から顔だけを覗かせる。すると、部屋の真ん中を貫くように天井から床に向かって突き刺さっている奇妙な物体がわたしの目に飛び込んできた。


 物体の横幅は部屋の両端ぐらいあり、表面は金属のような光沢を持った銀色で表面には継ぎ目や凹凸(おうとつ)もなく、天井を突き破ってきたのに傷一つ付いていない。


「な、何これ……? これが落ちてきたの?」


 わたしはクローゼットから出ると足元の瓦礫に気をつけながら銀色に輝く謎の物体に近付いていった。銀色の物体は天井を突き破って床まで達しており、先端部分は床板を割ってめり込んでいた。


「……隕石、じゃないよね? 強風でどこかの工事現場から何か飛んできたの……?」


 粉塵で真っ白に粉を吹いた窓の外からは激しい風雨の音が響いており、外はまだ大荒れのようだ。


 突然の出来事に頭が混乱してわたしがその場に立ち尽くしていると、目の前にある銀色の物体から空気が抜けるような音が響いた。そして――継ぎ目ない物体表面の一部がスライドして内部に消えると、人一人が立って通れるぐらいの長方形をした穴が開いた。


「えっ――、何なの!?」


 わたしの視線は突如開いた長方形の穴へと釘付けになる。穴は自然に陥没してできたというより銀色の物体が可動して開いた穴――いや、何か人工的な出入り口のように見える。


 宙を舞っていた粉塵が落ち着いて視界がハッキリとしてきた時、長方形に空いた穴に動きがあった。穴の中で何かが動いたかと思うと、細長いヒモ状の物体がひょっこりと顔を覗かせたのだ。


 細長い物体は太さ2センチメートルほど。色は光沢のあるピンク色をしており、周囲の様子を伺うように長く伸ばした体をキョロキョロと動かしている。のっぺりとした細長い物体に目や鼻、口のようなものは見当たらず、動物に例えれば、それは大きなミミズを連想させた。


 穴の中から現れた奇妙な物体から距離を取ろうとわたしが一歩後ろに下がった時、足が瓦礫に当たってしまい崩れた瓦礫が音を立ててしまう。すると、部屋の中を見回していた細長い物体がわたしの存在に気付いたのか先端をこちらに向けた。


「や、やばい――!?」


 わたしが狼狽えていると、長方形の穴から顔を覗かせていたミミズ状の物体と全く同じ姿をした細長い物体が数十本も穴の中から生えてくるように姿を現し、皆同じようにわたしの方を向いてコブラのように鎌首をもたげる。


「――えっ、何あれ!? ど、どうしよう!?」 


 増えた怪しいピンク色のミミズ達を前にして状況が理解できないわたしは動くことができない。すると、ピンクミミズは長い体を左右にクネクネと揺らして天井近くまで伸び上がると、S字に曲げた長い体をムチのように伸長させて襲い掛かってきた。


 危機を察したわたしは反射的に逃げようとしたが、足元に散らばる瓦礫に行く手を阻まれ、一斉に伸びてきた無数のピンクミミズ達に体を絡め取られてしまう。


 ピンクミミズの体は弾力があり一見柔らかそうに見えるけど、振りほどこうと腕に力を込めたとしても腕に巻きつくピンクミミズがその長い体を硬く硬直させ、いとも簡単にわたしの力を押さえ込んでしまった。


 更にピンクミミズ達は体の表面からヌルヌルとした粘液のようなものを大量に分泌しており、引き剥がそうと手で掴んでも簡単に抜け出してしまう。


 まとった粘液のおかげで制服の上でも流れるように動き、伸縮自在の長い体を巧みに使ってわたしの全身を隅々まで調べ上げるように、体中を這いずり回るピンクミミズ達。


「――な、何なのこれ!? き、気持ち悪い~! いやっ、誰か助けてー!」


 しかし、いくら大声で叫んでも自宅にはわたしの他に誰もおらず、外は土砂降りの雨と強風のせいで助けを呼ぶ声はかき消されてしまった。


 全身に絡みつくピンクミミズの感触に耐えきれずわたしが凍えるように体を震わせていると、ピンクミミズが這い出ている長方形の穴に再び動きがあった。


 ピンクミミズの新手かと思いわたしに緊張が走ったが、長方形の穴の中から姿を現したのは半透明をしたまんじゅうみたいな形の物体だった。続いて、まんじゅう型の物体の下からは意外なものが顔を覗かせる。


「えっ――!? お、女の子……?」


 目で見ているはずの状況を理解できず、わたしの頭はフリーズした。


「――どうやら、武器は持ってなさそうね。身体的特徴的を見ても無害そうな星人だわ」


 銀色の物体に空いた穴から顔を出したのは、艶とハリのある色白な肌とモデルみたいに整った顔を持つ謎の少女だった。


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