『地鏡の散歩道 ~20年後の香菜~』【想像力豊かな者ども集まれ!!】参加作品

@Ak_MoriMori

地鏡の散歩道 ~20年後の香菜~

 あの時と同じ時間、同じ道を、わたしは歩いている。

 一緒に歩いているのが、違うけれど・・・。


 季節は夏。

 夕方とはいえ、日が暮れるまでの時間はまだある。


「肉まんだってさ、食べる?」


 彼が、わたしに声をかける。

 彼の名前は、とおる。わたしの婚約者。来年、結婚する予定。


「いらない。」と、そっけなく答えた。


「あっ、そう? 腹減っちまったよ・・・。」


 こんなに蒸し暑いのに・・・。

 よくまあ、食べる気になれるもんねと、わたしはあきれる。

 

 徹は、いつもこんな感じだ。

 だけど、憎めないところが可愛い。

 のんきなところはあるけれど、芯はしっかりしている。

 きちんと、けじめをつけてくれるひと

 だから、わたしは、彼と結婚することを決意したのだ。


 今日は、彼を紹介するのだ・・・新くんに。

 

 ・・・・


 わたしは、あの時から、毎年、新くんのお墓参りに通っていた。

 今は、遠いところに引っ越してしまったけれども、この時期には、必ず、お墓参りに行っていた。だって、新くんは、命の恩人だから・・・。


 新くんは、いつも、わたしのことを待っていてくれた。

 お墓の側で、膝を抱えて、緑溢れる街を眺めながら。


「やあ、香菜・・・町がきれいだよ・・・夕日に照らされて。」

 

 新くんは、あの時、傷だらけだった。

 だけど、時間がたつにつれて、その傷も癒えていった。

 そして、不思議なことに、わたしと同じように成長していった。


 去年も、新くんのお墓参りに行き、いつも通り、新くんの横に座って話した。

 眼下に広がる、緑溢れる街を眺めながら。

 

「わたしね、好きな人ができたの・・・。」


「へえ・・・。」


「結婚も考えてる・・・。」


「そう・・・。」


 新くんは、寂しげな顔をした。

 そして、何か物思いにふけっているようだった。


「どうしたの・・・? 新くん・・・。」


「ねえ、香菜・・・。来年、出来たら、キミの彼氏を連れて来てくれないか?

 その人に頼みたいことがあるんだ・・・。」


「えっ?」


 何を言い出すのかと思った。頼みたい事って、何だろう?


「ダメなら・・・いいんだ・・・。」


「うん、考えとく。新くん。じゃあね。来年、また、来るから・・・。」 


「うん。待ってるよ・・・香菜。」


 ・・・・


「俺も一緒に行くよ。」


 徹に、新くんのお墓参りに今年も行くと伝えると、意外にもそう答えた。


 わたしは、つき合い始めてすぐに、徹に新くんのことを話していた。

 徹に問い詰められたから・・・別の男と、どこかで会ったんだろうって。


 わたしは、素直に打ち明けた。

 毎年、新くんのお墓参りに行っていることを。

 そして、その理由を・・・。


 新くんは、わたしの代わりに死んでしまった・・・。

 車にかれそうになったわたしを助けてくれた。

 新くんが助けてくれなかったら、わたしが死んでいたのだと。


 ただ、言わなかったこともあった。

 事故の日以来、毎日のように、傷だらけの新くんが遊びに来てくれたこと。

 そして、あの日・・・新くんの新しいお墓に続く階段の下で、お別れしたこと。

 それ以来、毎年、新くんのお墓参りをしていることを・・・。


 わたしの話を聞いて、徹は納得してくれた。

 わたしは、彼のそういうところも好きなのだ。


「いや、その・・・。新之助さんに・・・俺、伝えたいことがあるんだ。」


 徹は、真剣な眼差しで言った。

 わたしは、内心ほっとしていた。

 少なくとも、わたしからお願いする必要はなくなった。

 新くんの願いを叶えることができたと、内心喜んだ。


 ・・・・


 階段をあがり、新くんがいる場所へと足を運ぶ。

 新くんは、膝を抱えて、夕日に照らされる、緑溢れる街を眺めていた。


「新くん・・・! 今年も来たよ。」


 徹は、そんなわたしを見て、怪訝そうな顔をした。

 徹には、きっと、新くんが見えていないのであろう。


 すると、新くんが、徹に近寄り、息を吹きかけた。

 

 徹が、ぎょっとした顔をして、固まっている。

 きっと、突然、新くんの顔が見えたから・・・。

 しかも、目の前に突然現れたから、かなりびっくりしたに違いない。

 徹は、後ろに飛びのき、深呼吸をした。


 そして、恐る恐る、新くんに話しかけた。 


「あ・・・ああ・・・あ・・・。

 あ、ごめんなさい。ちょっとびっくりしちゃって・・・新之助さんですね?

 俺・・・徹です。香菜さんと結婚することになりました。それで・・・。」


 徹は、新くんに向かって、深々と頭を下げた。


「お礼がしたかったんです・・・。

 新之助さん・・・香菜さんのこと、命を張って、守ってくれてありがとう。

 俺・・・必ず、香菜さんを幸せにします!」


 新くんも、徹に向かって頭を下げ、返事をした。


「徹さん。香菜のこと、幸せにしてやってください。よろしくお願いします。」


 そう言い終わると、新くんの姿が・・・すぅっと消えてしまった。


 徹が、びっくりした顔で、あたりを見回す。


「成仏しちまったのかな・・・。新之助さん。

 俺・・・お前のこと、必ず、幸せにするからな。新之助さんのためにも。」


「うん。ありがと・・・。」


 ・・・・


 その帰り道。

 

 あたりも暗くなり始め、夕日が目の前に大きく見える。

 わたしの先を行く徹が、振り返って言った。


「来年も・・・これからもずっと、新之助さんの墓参りに行こうな。」


「ううん。もう、新くんは、あそこにいないから・・・今日で・・・最後。」


「そうか。」


 先を行く徹の背中を・・・わたしは、ずっと眺めていた。

 夕日のせいだろうか・・・?

 徹の背中が、なぜか二重に見える・・・。


 この時、わたしは気づいた。

 わたしは、きっと、世の中で一番の幸せ者になったのだと。


 わたしは愛されている。ひとから・・・。

 そして、わたしも愛している。ひとを・・・。


 徹の背中に重なっている影が、こちらを見て、にっこりと微笑んだ。

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