第26話 金峯マサヲとの別れ
「………おれの願い――…?」
たぶん、解ってはいた。彼の示す理路を辿れば、どうしてもそういうことになると。
だってみんなが言ってるんだ。おれの中には、ミホカと瓜二つな、ほとんど同じ魂が宿っていると。(違うのは光り方だけ、と浅間が言っていた気がする。)
だがその推論を、結論を、簡単に認めることはできなかった。我ながら嫌になるような、卑屈な笑みを浮かべながら言ったことだ、
「は、何かと思えば。そんな話、一から十まで滅茶苦茶だ。『ミホカが何でも願いを叶えてくれる』ってどういうことだよ? その前提がまず変だし、万歩譲ってそうだったとして、どうして彼女がおれなんかの願いを叶える必要がある? なんでも願いが叶うんなら、自分の願望を現実にすればいい」
「さあ? 何から何まで思いどおりになって飽きたのかもしれないし……自分自身の願いだけは、叶えられないのかもしれない。さっきも言ったように、彼女自身は無意識のうちにこの《魂の力》を行使してるみたいだからね」
あくまで冷静に返答するマサヲ。おれ自身の強ばった笑みが、彼の瞳に映っている気がした。
「でね、試しに訊いておきたいんだけど。シントは伊勢川さんと話していて、『将来、世界がピンチになったら俺が救いたい』とか、そういう話をした記憶はないかな?」
「ないよ。どういう状況だよそれ」
「なら、『ヒーローになって世界を救いたい』とか」
「それもない」
おれみたいに平凡な日常生活を送っていて、どうすればそんな会話が出てくるのか。人生がハリウッド映画や少年マンガとは違うってことは誰でも知っている。そんなヒーロー願望、今日び幼稚園児でも抱いているか怪しいものだ。
「そうか。……僕はてっきり、すでにシントの願いが叶い始めているのかもしれないと思ったんだけど」
「どうしてそう思った?」
2人で窓の外に目をやった。ここからだと駐車場が見渡せる。ガラスの表面には、おれらのイケてる顔が映りこんだ。
「さっきの情報交換で、江ノ島さんから聞いたんだけどね。どうもこの夏休みぐらいからSNSで、『永年の願い事が叶った』のどうのと、その手の報告が増えているらしいんだ。このパワースポットに行ったのが良かったとか、夏にUFOの光を目撃したおかげだとかコメントも付いてて……オカルトめいた説がいろいろ出てたよ」
宅配業者のトラックなどに混ざって、派手なカラーリングの車が停まっていると思ったら、ちょうど琴平実沙枝が愛車のNSXに乗りこむところだった。よく知らないのだが良い車らしく、授業でしばしば自慢を聞かされる。
もし幸い部が正式に認可されたら、顧問の自家用車として乗せてくれたりしないだろうか。
「興味深いことに、これは国を問わず、世界各地で起こってることなんだ。他の言語も翻訳してみると、至る所で似たような話をしてるのが判るよ。世界中の注目が、少しずつ、この不思議な現象に集まってきてる」
「ふうん?」
それは知らなかった。都市伝説の類いだろうか。ああいうの面白いから、それなりに好きなんだけども。
「ここで大事なこと。今年の夏といえば、伊勢川ミホカがこの町にやって来て、君と――麻賀多シントと再会した時期に重なってるよね? だとしたら、その時に何かがあったと考えるのが自然だ。
おそらくその時に、彼女はただ君だけの願い事を叶ようと決めた。そして無意識のうちに、君の中に魂のコピーを送りこんだんだ。彼女と同じ魂が君の中に宿っているのが、何よりの証拠だよ」
「これが、証拠……?」
覚えず、己の胸に手を置いた。
なんでそんな珍しい魂が、おれの中に宿ったのだろうのかとか。どうして浅間に襲いかかった化け物を、やっつけることができたのかとか。
それによって解ける疑問もあった。だが―――。
「ふ、珍しく矛盾だらけだな」
おれはクールに肩をすくめてやった。
「なんだって?」
ここまで来ると流石に一般人のおれも冷静さを取り戻しており、ちょっとは余裕を見せられるようになっていた。
「だってそうだろう? ミホカがおれの願いを叶えてるってんなら、どうして世界中で似たような報告が増えてるんだ? 変だろうそれは。それどころか肝心なおれ自身は、何も願いを叶ったような憶えがないしな」
自ら立てた学説によほど自信があるのか、マサヲにさほど動揺した様子はなかった。しかし痛いところを突いたのは確かなようで、
「そこなんだよ、問題は。いくら何かの手違えで、伊勢川さんに神の魂が宿って生まれてきたんだとしても、そうバンバン他人の願いを叶えられるはずはないんだ。いつの時代だって、そんなのは世界の存立基盤に、
「そうだよ。それにおれだって、ここんとこイロイロ変な出来事に遭遇してるけどさ。まさかあれが全部、おれの願望だっていうんじゃないよな? そんなはずないだろ」
おれが強く願ってどうにかなったことというと、化け物を謎の剣で退治できたことくらいだが、あれならもっと上手い説明の仕方があるだろう。『麻賀多シントの中に眠っていた
友人は漂わせていた視線を、生物室で泳いでるメダカのように壁際でUターンさせながら、
「シントの言いたいことも、分かるよ。でもね。世界中を探したって、伊勢川さんと同じ魂を持ってるのはキミだけなんだ。これは彼女が、誰でもない、ただ君の願いだけを叶えようと決意したことを示している。いわば君は、選ばれし人なんだよ。イヤでもそれは、認めなくちゃいけないと思うんだ。もちろん彼女は無意識のうちにやってることだから、確かめようもないけど―――」
おれは溜め息を吐いた。この馬鹿馬鹿しい状況に遭遇したら、誰だってそうなるだろう。
所詮、仮説は仮説。そんなトンデモ理論に、これ以上かかずらう道理はない。初めこそ何を言われるのかとビビったが、途中からは義理だけで聞いていたようなものだ。ま、他じゃ聞けないような、ユニークな話が聞けたからよしとするか。本当こいつといると、退屈しないで済むよ。
「話はそんなとこか? そろそろ帰ろう」
「………待ってよ」
肩に手を置かれ、振り返る。そこには予想以上に切迫した友の顔があった。
「なぁシント、答えてくれないか。いったい君は何をしたんだ? 何を願えば、この世界を―――この救いようのない人間どもを、救うことができるっていうんだ?」
日常ではお目にかかることのない、友人の厳しい眼差し。その物言いからは、剽軽に見えた彼が深い部分で人間に対して抱いている失望や不信感が伝わってくる。変なこと言わなけりゃ優男風のイケメンで通りそうな造作が台無しだ。
しかし同時に、それは哀しい眼差しでもあった。どう見てもそれは、なす術がなくなった者の嘆願だったから。
友達のそんな姿を見たくないような気がして、おれは顔を背けた。
「そんなこと、知るかって。おれは特別なことは何ひとつ、望んでないんだから。それに、」
マサヲの立つ窓際へ向かって、告げる。
「はっきり言っておくけど。もしもミホカが願いを叶えてくれるっていうなら、おれは迷わず、自分自身の幸せを願うよ。いっそ世界征服でもしてやるさ」
「―――そうか」
不相応な期待を寄せられるほど居心地の悪いこともない。この際、この回答でがっかりされたり軽蔑されたりしてもいいと思ったんだけど、どうも当てが外れたらしい。
金峯マサヲはなぜか少し、安心したように見えた。
「………麻賀多くん」
急に落ちてきた静寂の中に響いたのは、森のように深い声。
振り向けば、帰り支度を整えた浅間澪那が廊下に立っていた。
「浅間か。ごめん、思ったより長くなって。もう帰るの?」
「そうだけど………あたしからも、話したいことが…あって……」
マサヲは「やれやれ、人気者は大変だね」とおちゃらけて言うと、2本指を突っ立てて背中を向けた。まだ話したいことは残っていたが、さしあたり充分だということだろう。
続きは次の機会に話せばいい。おれたちには、まだまだ時間が残されているのだから。
「また来週」。おれは友達に別れの挨拶を送って、歩きだした浅間についていった。
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