浅間澪那とメール小説
第6話 新学期の再開
あんなに長かったはずの夏休みも、100%だった充電が減っていくように瞬く間に消費されていき。
いまにも猛暑がぶり返しそうな夏の空気が居残る中、学校が始まった。
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おれは以前と同じように登校し、同じように教室に入り、自分の席がどこだったか怪しくなりながらも、なんとか思い出して荷物を置いた。
「やあ、久しぶりだねシント」
席に着くなり横合いから話しかけてきたのは、金峯マサヲ。我が学園生活、数少ない友人の1人である。
実際は「学園」と言うほどガーデンっぽい場所でもないけど、そう呼ぶとなんだか漫画やアニメっぽくてちょっとモチベーションが上がる気がする。
「ン、マサヲか。久しぶり」
「始まったばかりだっていうのに、なんだか物憂い顔だね。夏休みは満喫したのかい?」
「ああ、なんだかヘンな夏だったよ。昔のネットの友達と、偶然会ってさ。それからいろいろ、引っ張り回された」
「へえ、そんなことが? 詳しく聞いても?」
「そうだな………また後で」
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始業までまだ余裕のある教室内は、久々に顔を合わせた生徒たちで賑わっていた。
夏の疲れが抜けないまま治安の良い教室を眺めていると、中心グループの近くにいた女子が、ひとり机の間を縫ってこっちへ近づいてきた。
おれがフルネームを言える数少ない女子の1人――江ノ島ひとみである。
「麻賀多くん、金峯くん、おはようっ」
小刻みに手を振りながら元気に挨拶してくれる江ノ島さん。どことなくフワッとした髪質で、クローバーを象ったヘアピンが可愛らしい。少々子供っぽくも見えるが、彼女ならいくつになっても似合いそうな気がするよ。
そんな彼女とおれたちの繋がりは何だったかというと、ただ最初の席が近かっただけだ。
いまは席替えしたため登別と別府と道後温泉くらい離れてしまっているのだが、相変わらず江ノ島は話しかけてきてくれる。今日も朝から元気だな。
「ねぇねぇ、今日って放課後に、クラスでかき氷食べに行く話あるよね? 聞いてる?」
「かき氷?」
「ああ……そう言えば連絡入ってたね。本当は夏休み中に暑気払いをやる計画だったんだけど、学校始まってからの方が来られる人多そうだからってことで、今日になったんだっけ?」
なんでも、駅前にあるファミレスで、かき氷のフェアをやってるのが今週までなんだとか。あえて夏休み終了後の学生を狙い撃つ、その店の販売戦略は称賛に値する。
そういえば携帯にもそんな通知があった気がするけど、あまり関心がないのでスルーしたんだろうな。
「そうそう、それ! 2人は行く?」
気にしてくれているのはありがたいが、さて、どう答えるか。
どちらかというと、あまり気が進まないというのが本音だ。でも何度もやっていて、全然参加しないというのもな。前の全体打ち上げも行かなかった気がするし。
うまい返し方はないか考えていると、マサヲが答えた。
「そうだね。帰りは2人で寄りたいところがあるんだけど、時間が合ったらついでに顔を出すかも。どうかな、シントは?」
「そうだな、それで」
「そっかあ、分かった。私、なぜか連絡係になってるんだよねー。後で時間と場所、送ると思うから!」
そう言って自席に戻った江ノ島ひとみは、頷いたり笑ったりしながら、友達といかにも女子っぽい会話に興じていた。いや、よく聞こえないんでそう見えるだけだけど。
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ちなみに。さっき彼女が「後で時間と場所、送る」と言っていたのは、スマートフォンのグループチャットのことだ。入学仕立ての頃、連絡網代わりに作ったもので、メッセージを送信するとクラス全員に届くようになっている。
現在は文化祭の打ち合わせなどもわざわざ長く居残ったりせず、学校では大事なことだけ決め、後はこれで相談することが多い。(あいにく、まだおれから発言したことはないが。)
わりと治安のいいクラスなので、本人が望まないかぎり除け者にされる者もいなかった。
しかし、当然そのアプリを使っていない者は、集まりがあることさえ最初から知らないことになる。それがこのクラスには1人だけいて、そういう時は何か別な手段で教えてあげないといけないのだけど―――。
「……おはよう、麻賀多くん」
静謐な森のように深い声が、耳朶をうった。
考えていた当人が、おれを呼んでいた。ストレートの黒髪が美しい少女が、学校指定の鞄を提げて立っている。
「あ、浅間。久しぶり」
彼女は「うん」と言ったが、何か用件があるらしく俯きがちに、
「その………。昨日の夜、あたしが送ったメールだけど……読んでくれた?」
「あ、わるい。昨日の夜は早く寝たから、気づいたの朝でさ。まだ読んでないんだ」
「そうなんだ………わかった」
コクリと頷くものの、明らかに気落ちした様子なのが見てとれた。とある事情で彼女のメールは長いものが多いので、つい読むのが後回しになってしまうことがあった。
そんな彼女の顔を見て、おれは付け足す。
「ごめんな。でも、今日中には読むから」
「本当っ? ………オホン。ふっくっく……そうだな。ならば、なるべく早くした方がいいゾ?
奇妙な笑い声(?)とともに、突然クールな女声で男っぽい口調になったと思えばそんなことを言い、うきうきした表情を隠さずに己の席に向かう。
浅間澪那。
黒檀のような黒髪という比喩は、ああいうのを言うのだろうか。それに嫋やかな身体つきと、陶磁器みたいに光沢(つや)のある肌。見ためは古式ゆかしい、大和撫子の手本のような少女である。
しかし浅間澪那について、浮いた話ひとつ聞くこともない。
それどころか、話ひとつ聞くこともない。
なぜならば。
「――前から思ってたんだけど、浅間さんって変わってるよね。シント以外とはろくに口も聞かないし」
そうなのだ。いまの様子からは想像がつかないだろうが、普段の浅間澪那は口数が少なく、誰かと会話することもほとんどない。
一度など、浅間がクラスメイトの質問に答えられず沈黙しているところに居合わせて、おれが取り成したことがあるほどだ。(取り成したといっても、「……そのプリント、もらってないから、提出できなくて……」という発言を聞き出しただけだったけど。)
要するに、浅間澪那はおれ以外に心を開かない。いわゆる人見知りってやつなのか、話したことない相手だともう本当、ダメみたいなんだ。まあ口を開くからって、心まで開いているとは限らないけど。
「僕も入学したての頃、少し接触を試みたことがあるんだけどね。見るからに迷惑そうだったから退散したよ。何かあるのかい? シントと浅間さんが、親しくなったきっかけみたいなものがさ」
さすがおれの知友、金峯マサヲはそこのところを的確に突いてきた。知り合ったのは高校に来てからだってのに、変に勘がいいところがあるんで困る。
とはいえ色めいたる話を期待しているなら、肩透かしを食らわせてやることができるが。
「親しくなったきっかけ? ああそれは……まあ」
心当たりはあったけど、そんなことで長話するのも気が引けた。
さっきまで響き渡っていた朝練の声が絶え、運動部員たちが消えていくグラウンドの方へ、おれは視線を向けつつ、
「消しゴムを、拾ってあげたんだよ」
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