どんな偉人も推しには勝てんて



「……」


「……」


「……」


「「「…………」」」


 ……うん、すっごい気まずいね♡


 俺は今、数時間ぶり2度目の気まずい状況に立たされている。


 とりあえず、玄関で話し合っていた内容を部屋に入って話し合いをすることになったらしいが、なんでこの場に俺もいるんだ?明らかに家族会議的な流れだったことない?


 あ、もしかしてこの妹ちゃん、俺のことを榎本家に入れてもいいか、テストを行う的な感じで俺をこの場に!


 ……いやいや、そんなことないよねー。


 だってさっきからずーーーーーーっと獲物を狙う肉食獣のようにギラギラと殺気を放って、俺を睨みつけてるもん彼女。……なぜか少しは仲良くなれたと思った李梨沙も。


 はぁ、聖域のはずなのに空気がまずい……


 気の弱い俺がこの場で自ら発言することなどできず、時間は文字通り刻々と過ぎていった。




 だが、そんな沈黙も突如として破られた


「……まず、あなたは一体誰なんですか?

 何故、お姉ちゃ……姉の部屋に?もしや、姉の彼氏なんですか?」


「ち、違う!」


 妹ちゃんの俺に対する問いに真っ先にそう答えたのは、俺ではなくまさかの李梨沙だった。


「……あ、その、ごめんなさい」


 自分が答えてしまったことに恥ずかしくなったのか、李梨沙は先ほどの威圧感はどこにいったのか、顔を真っ赤にして静かに俯いてしまった。


 〜〜〜っ!!!やっぱり今日は特に推しが可愛い……


 この頃、間近で彼女の可愛いシーンをいっぱい見れているからか、いずれ俺もこの状況に慣れてしまうのではないかと危惧していたが、どうやらそんな事はないみたいです!毎日毎日きゅんの記録更新お疲れ様っす!




 真面目な話に戻るとして、少し良かったな。


 さっきの反応を見るに李梨沙は当たり前だが、俺の事を恋愛対象としては見ていないみたいだし、俺もその言葉を聞いて悲しいといったような感情ではなく、そりゃそうだと納得しる部分の方が大きかった。


 ちゃんと分を弁えたオタクでいれているようでよかったよ、本当に。


 そして、俺は改めて顔だけで李梨沙が好きなのではないと理解できたのもよかった。


 だって目の前の妹ちゃんがさっきの李梨沙の返答を聞いてから、睨みではなくまるで哀れむ……いや、嘲笑しているかのような表情に変わり


 プーッ クスクス あんたなんかにお姉ちゃんが惚れるわけないでしょ!バーカ!


という吹き出しが彼女の後ろにはっきりと見えるよ。


 うん、李梨沙にそんな顔されてもイラつかない自信しかないのだけれど、例え同じ顔だとしてもめちゃくちゃむかつくぞ、こいつ……!


 やっぱりこの妹、さっきから薄々感じていたが俺と同じく李梨沙の(痛い)ファンだ!


「ふふ、自己紹介が遅れました。私は 榎本えのもと 梨花りかです。もう分かってるとは思いますが李梨沙姉さんの妹です。妹。親しみを込めてリカちゃんと呼んでいいですよ?」


 そう手を胸に当て、ドヤりながら自己紹介をする、妹 もとい リカちゃん 。


 うん、この子からは少しエリーに似たところを感じる。すぐ調子に乗るところとかそっくりだ……!


 妹を二回いって来たところから、私はお前と違って李梨沙と密接な関係なんだぞという意思表示が垣間見え……いや前面に出されている。


 こいつ……俺以上に痛いファンだぞ!(同等)


「……よろしくリカちゃん」


 ガタン!


「「大丈夫!?」」


「ご、ごめんね。どうぞ、続けて続けて……」


 ど、どうしたんだ?俺が一言リカちゃんにそう言ったら、李梨沙がビクッとしてテーブルに体を勢いよくぶつけすごい音がした。


 しかも何故か、二人ともまた俺を睨み出したし……え、何?いったい水面下で何が行われているんだ!?俺、榎本家に何かした!?


「あ、改めまして、千堂 大地です。李梨沙さんの隣の部屋に住んでまして、いつもお世話になってます。どうぞよろしく」


 俺が軽く自己紹介をすると、


「千堂さんですね!へ〜、姉のお隣にお住まいになられているんですか!こちらこそよろしくお願いしますね!」


 そう言ってリカちゃんは俺に手を出し、笑顔で握手を求めて来た。


「……よ、よろしく。〜〜〜っ!?」


 俺はそれに応じると、本当に女性なのか疑うレベルの握力で握って来た。その華奢な体のどこにそんな力が……


「……ちっ、クソ虫が」


 いや、めちゃくちゃ李梨沙に聞こえないくらいの声で悪態つくやん……それに今クソ虫って言ったよね!まさか人生で4匹目もの虫に例えられるとは思ってなかったよ俺!泣いちゃうぞ!うえーん!


 俺には分かる。いや、この場にいない皆にも分かる。榎本梨花、こいつ姉である李梨沙のガチファンだ……!


 しかも彼女の顔も、李梨沙の死角に入った途端に笑顔からまるで羽虫でも見るような顔になってんだけど……いや怖い怖い。試合前のボクサーかよ……


 でも李梨沙のガチオタとして、相手が実の妹だとしてもここで引くわけにはいかない!そう決心していたら


「あ、あのさ!」


 李梨沙がまるで私のために喧嘩はやめて!というかのようなベストタイミングで声を発した。


「……私のことも李梨沙でも、……リ、リリちゃんとかでも、いいんだからね?」






 ガタッ


「ちょ、大丈夫!?」





 か、神や……このお方は女神様やで……なんちゅう可愛さや……死んでまう……


 俺たちはいがみ合っていたはずなのに、女神の一言により全く同じタイミングで膝から崩れ落ち、頭を抱えていた。


 だが、俺とリカちゃんには決定的な違いがある。


 それは、李梨沙はリリちゃんと呼んで。と言ったということだ。なぜリカちゃんに張り合ったのかはよくわからないが、重要なのは李梨沙がそう呼んでと言った事だ。俺に!


 だから同じく崩れ落ちたと言っても、その感情は歓喜と絶望といった相対するものによるということだ。


「……お、お姉ちゃん?さすがに、リリちゃんはないんじゃないかなー?」


 おやおや、リカちゃんや。大人振りたかったのか『姉』だった呼称があまりの動揺からか『お姉ちゃん』に変わっているぞい。ほっほっほ。可愛らしいのぅ。


「な、何よ! あ、もしかして、もう私には痛いってこと……?」


「そ、そんなことない!お姉ちゃんはずっと可愛いよ!リリちゃんだってとっても似合ってる!」


「……大地くんは、痛いって思った?」


「そんなことはないです。是非今度からはリリちゃんと呼ばせてください」


「!  うんっ!♡」


「…………」



 すっごい眩しい笑顔を見せる姉に、すっごい俺に対する憎悪を前面に出した睨みを見せる妹。言わずもがな、俺はとっっっっっっっっっっっっても幸せです。ぴーすぴーす!







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