「偽教授接球杯Story-2」

そのご馳走を見た瞬間、自分の腹からぐうぅという間抜けな音がした。同時に耐え難い程の飢餓感に襲われる。

───腹が減っている。とてもとても。耐えられない、耐えられない。はやく、はやく何か食べなければ。

ふらふらとご馳走の置かれた長テーブルに歩み寄った。白くシミひとつないクロスがピンと引かれていてその上に所狭しと皿が乗っている。


私は1番手前に置いてあったスープの皿に置かれていたスプーンを手に取った。金色で透き通ったスープ。パラパラと緑色の調味料が散っている。匂いからしてコンソメスープだろうか?まあ、なんでもいい。はやく、この飢えを満たさなければ。

飢えに突き動かされるまま私は掬ったスープを口に運ぼうとして。

「それを食べてはいけません」

突如として聞こえてきた声に動きを止めた。


それは男とも女ともつかない声だった。男にしては高すぎる気がして、女にしては低すぎる気がした。ただ、何時まででも聞いていたい蠱惑的な声だった。

周りを見渡す。誰もいない。私以外、この部屋には存在していない。

「あなたは何も食べてはいけません」

また声がした。私は言われるがままに唇に触れそうになっていたスプーンを慌てて皿に戻す。ガチャンと乱暴な音が鳴り、振動でスープが零れる。白いクロスに薄黄色のシミが出来た。


声は私の頭の中からしていた。私の頭の奥で誰かが私の行動を止めたのだ。声がした瞬間、私の感じていた飢餓感はすっとおさまった。代わりに私はこの声に逆らってはいけないという思いが生まれる。

この声に逆らってはいけない。私はこの声の言う通りにしなければいけない。この声を裏切ることが何よりも恐ろしいことに感じられた。


私は何も食べてはいけない。目の前に広げられたご馳走がとてもおぞましく目に映る。私は恐怖にガタガタと震える身体を両手で抱えた。

「こんな、こんなものが目の前にあったら間違えて食べてしまうかもしれないじゃないか!!食べたら駄目なのに!!駄目なのにぃ!!!」

口に出した瞬間、目の前からこのおぞましいものを消さなくてはいけないという衝動に駆られ、私はテーブルの上から次々と皿を落とす。

ガチャンガチャンと皿が割れ、皿の上の料理は無惨にぐちゃぐちゃになっていく。毛の長い赤いカーペットが零れた液体や残骸を吸い取って色を変えた。

「まだ食べれる。まだ食べれるかもしれない。食べません。食べてはいけないから食べません。食べません。食べませんったら!」

カーペットに広がった料理だったものを更に原型が無くなるまで踏みつける。何度も何度も何度も何度も踏みつけてぐちゃぐちゃのドロドロになって何だったかもよく分からない物体になったことを認めて私はようやく足を止めた。

「はぁっ、はぁーっ、はぁーっ、はぁっ」

荒い息を整える。これでもう食べられない。これであの声を裏切らずに済む。


「あなたは進まなくてはなりません」

また声がする。私は声に導かれるように顔を上げた。

部屋の奥に扉がひとつ。

「あなたは進まなくてはなりません」

私は言う通りにしなければいけない。

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