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第7話 Fig_01


 午後の仕事を終え帰る途中に立ち寄ったパブで、読み残していた20,000字相当のコピーを目で浚いつつ亡き知己ちきの心声を訊く。


 その遺志を叶える為、私はこの地に赴いた。

 この目的遂行が可能な場所という他は、此処は生殖不能者の吹き溜まりくらいとしか終ぞ考えていなかった。

 が、 Doomsday終末の Seeds種実 を含む多くの者達が自由な選択を許されず、世界から隔離されて生きるよう強いられてきた事象の嚆矢こうしとなる事件が始まった地だと、ここ最近になって知ることと為ったのだ。

 それは人類全体の最年少者、つまりは出生年順の最後年に産まれたと届出られた赤ん坊五十九人を意味する。

 その内ひとりが私であり、エイドリックは側杖となった歳の近い年長者の一人と云うべきか。


 私達との因縁浅からぬ地と知った今、糸口を模索すべく入手し得る情報を漁っている。 思い浮かぶ友人知人に手助けを頼めないか、打診を試みてはいるが連絡をとることさえ覚束無い。 然しこれもむ無いことで、同窓生と敢えて関わりを維持しようとしなかったが為。

 忸怩じくじたる思いと裏腹に、『後悔先に立たず』とはよく言ったもの、と自嘲してもいる。


 私と同カテゴリーに在った彼の死は、 Doomsday終末の Seeds種実 に数えられる我が身の置かれる立場や行く末といったものを想起させ、再認識させる出来事である。 こと之に纏わる友人との関係を継続せんとする時、彼の名を浮かべずにはいられなくて気鬱とするのは未だに変わらない。

 之は相手も同様と謂う思いもあり、更に縁遠くさせて今に至る。



 その功績はペニシリンに比肩すると云われる感染予防薬(凡庸抗菌抗生剤)を開発し、名を馳せた某医薬品企業が『人類の存亡を賭ける』と銘打ち世界中に募り、獲た巨利を乱用し設立した研究機関がある。 


 一個の市区に値するであろう広大なその企業敷地の一画。 衣食住その他のもの総てが選りすぐった最高級の物で占めると謳われる『Indsamlingsfacilitet収穫促成施設 』、別に『コレクションケース』と呼名される場所がそれである。

 早い者は幼児期に遅くても十代半ばに、出生年の使命を理由に三百有余名が当時、親元からそこへ招集されていた。


 学舎以外は級別男女別に区分けされ、最新の環境、且つ監視設備下であるその場所で彼等は育成されていた。

 育成された少年少女は、ヤミ機関からの救出者を皮切りとし、同危険に晒される者を全世界に向け照会し、少しばかり枠を拡げ都合上要保護と判断された対象者である。


 何かしらの使命感や信心の憑り代みがわりである者と、良い口減らし先がそことなった者が半々というところか。 矯正施設への送致が決まっていたというのも若干名いた。

 入所当初は招集とは表向きの拿捕だほだ、と喚き散らす者も少なからずだ。 だが事の前後で折衷案が講じられ、親権以外はこの研究機関に譲渡された顛末を聞かされると黙るしか無い。

 概ねが今ある生活水準に慣れるに従い、研究を支持し把握する MATERIALEマテリアル 教に浸潤され、これを信奉した結果『人類の希望』と自らを瞻仰せんぎょうすることと至るのだ。


 之に所属しない別のカテゴリーがある。

 教団・研究機関内部と深く関与しており各々方面に於いて利権、実権を握る人物を親とする者達で、此処へ収監されず済む筈であった彼等は自由を切望する。


 その中に、彼と私はいた。

 彼はこの“生息領域”、“飼育ゲージ”を『無花果イチジク』と云い、私もそれに倣った。


 この派にとって親とは、単に戸籍上の親権者であり血縁上は他人、又は血縁関係のある縁遠い上位親族、詮ずるところ実父母が決めた養子縁組先。

 実の親で無いのだ、我が身可愛さに家族となった子を人質人柱に差し出すのは苦も無い訳で、その手の人間に恩など感じる理由はない。


 その頃は私とて幾分は友人関係を築き情報交換も熟したが、大学院を卒業後に大方の者が無花果イチジクから放逐され、許される範囲で各々職に就いていることもあり、連絡してこない者がどうしているのか知る由もない。



 Doomsday終末の Seeds種実 の現個体数は公表されない。


 その減数が人口統計、人口推計・人口推移・生産年齢人口、人口動態と死亡数等々のデータベースから除外され、尚、個人特定に関する文言は世界的機密とされていて如何様いかようにしても探り出せなくしている。


 当然のことエイドリックの死は計上されない。


 それは私が死のうが生きようが何一つ記録されず誰の目にも映らず、口の端にせぬ事と同義だ。


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