なんてことない高校生カップルの七夕の日の授業中

葵 悠静

本編

「お兄さん、今日何の日かわかってます? ちゃんと出すもん出してください?」


「いきなり借金の取り立て屋みたいな言い方で近づいてくるな。してもいない借金をしてるのかと勘違いするだろ」


「えー、だって暇なんだもーん」


「暇って言ったって、今は授業中だろ? それに短冊に何書くかしっかり考えろよ」


「だって私たち高校生だよ? 高校生にもなって真剣に短冊に願い事なんて」


「出た出た。いるよな。そういう斜に構えているやつ。高校生だからとか、もう子供じゃないんだから~とか。そういう奴ほど都合の良いときに子供になったり、わがままを言うんだよな」


「えー私がそんなやつだって言いたいの? 自分の彼女に向かってひどい物言いね」


「いつもの君がそうだとは言わないが、少なくとも今の君はそれっぽかった。高二病ってやつ?」


「厨二病にしろ高二病にしろなんでも病気にすれば許されるってものじゃないのよ」


「とんだブーメランだな。自分の言葉で心は傷ついてないか? 大丈夫か? 撫でようか?」


「今日はやけに辛辣ね。それに撫でようかってそれは単純に、君が私のおっぱいを触りたいだけでしょ」


「まあ、そうともいう」


「そもそもなんで七夕に短冊に願い事を書いたりするのかしら。せっかく一年ぶりにようやく会えるっていうのに、世界中から願い事をされたらそれを読むだけで、日付が変わっちゃうわよ」


「まあ確かに言われてみれば……。まあでも『星に願いを』っていう歌もあるくらいだしな。流れ星とか織姫彦星とか、なにか特別な星には願いたくなるもんなんじゃないのか? 人ってやつは」


「なにそれ。……えーと、なになに? 風習では、はた織りが上手な織姫にお願いをすることから、手芸の上達を願ったそう。だって。つまりこれって、手芸関係の上達以外の願い事をしてもなんの意味もないってことじゃないの?」


「まあ歴史や風習はその時代を生きる人によって都合よく捻じ曲げられるっていうしな」


「なんかあなたも十分斜に構えた言い方するじゃないの。人のこと言えないわよ」


「似た者同士ってことでいいじゃないか」


「えーなんかうれしくない」


「ともかくどんな願い事をしようとも、それを叶えるために努力するのは織姫じゃなくて、自分自身ってことで、何を叶えたいのか具体的にするために短冊に書くってことじゃないのか」


「……おー、なんかそれっぽいこと言ってる」


「だから君も一枚くらい願い事を書いたらどうだ? 今はそういう時間なんだし」


「結局そこに戻ってくるのね……。なに? 私がここにいるのは邪魔?」


「そういうわけじゃないけど。むしろ話せて嬉しいくらいではあるけど。そういう意味じゃなくて、せっかく好きなことを願っていいって言われてるんだから、今日くらい好き放題書いても許されるだろ。だからこんなところで油売ってないで、今日という日を有効活用したほうがいいんじゃないのかって意味で言ったんだ。決して邪魔だから邪険にしているわけではないし、そもそも邪険にしているつもりもない」


「ふふっ」


「な、何がおかしい?」


「いや、そんなに必死にならなくてもただの冗談だから大丈夫よ」


「そ、そうか。……いや、わかってたけどな」


「ほんとに~? それに私は別にそんなに多くのものを望んでないからいいの。一枚はもう書いてるしね」


「なんだ、書いてるのか……。それならそうと早く言ってくれればいいのに」


「ごめんね。あなたこそ私にかまっている暇があったら、早く願い事の一つや二つ書いた方がいいんじゃないの?」


「僕ももう書いてるからいいんだよ」


「へー、何書いたの? 見せてくれる?」


「君が書いたのを見せてくれるなら、喜んで見せよう」


「じゃあ交渉決裂ね」


「そうか。それは残念だ」


「……あ、チャイムなった。ごはん一緒に食べる?」


「もちろん」





「相変わらずよねー、あの二人は」


「ああ、見ているこっちが胸焼けしてくる」


「そういうのなんて言うか知ってる?」


「なに? 糖分過剰摂取による体調不良じゃないの?」


「嫉妬っていうのよ。あなたは恋に嫉妬してるのよ」


「なんだそりゃ」


「さあ? それにしても二人はこんな素敵な願い事をしてるっていうのに、あなたときたら。なに? 『牛丼アタマを毎日食べられますように』って。こんな願い事されても織姫も、勝手にしてって匙投げるわよ」


「別にいいだろ。何を願うかは俺の自由だ! それを言うならお前こそ『リア充みんな爆発しますように(物理的に)』ってなんだよ。怖えよ。こんな短冊を二人の短冊の近くに吊るすんじゃないよ」


「しょうがないじゃない。私は恋に恋焦がれる乙女よ」


「な~にが乙女だ」


「「……はあ。今年も一人なのかなあ」」


 二人の重く深いため息とともにより、隣り合い寄り添うように吊るされた二つの短冊が静かに揺れた。



『これからも君が隣で笑っていますように』

『これからもあなたの隣で笑っていられますように』



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なんてことない高校生カップルの七夕の日の授業中 葵 悠静 @goryu36

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