転生遺族のむかしむかし1

 生徒会との一件から2、3週間ほど経った頃。


 鳩乃杜高校の片隅にひっそりと部室を構えるのは民間伝承研究部、通称民研。2年生の積元せきもとかすかが立ち上げ、今年になって1年のうつろ縦軸たてじく三角みすみていりが入部した。ちなみにこれといった活動はしていない。


「それじゃあ今日も〈天文台〉で異世界の景色を見て行こー!」


 微には〈天文台〉というスキルがある。本来スキルとは異世界の住人しか持っていない筈だが、彼女は何故かそれが使えるのだ。


「積元先輩、ちょっといいですか?」

「ん?ていりちゃんどうしたの?」


 ていりはどういうわけか異世界に固執している。微のスキル〈天文台〉は異世界の景色を見せる能力のため、ていりがいたく重宝しているのだ。


「今日はちょっとお休みにしませんか?異世界見るの。他にしたいことがあって」

「えぇー、そんなー。何がしたいの?」

2訊きたいことがあるんです」

「え、僕も?」


 驚いた様子の縦軸。


「そうよ。だって虚君もスキル持ちじゃない。〈転生師トラックメイカー〉だっけ?」

「……うん、そうだよ。よく覚えてたね」

「当たり前じゃない。内容が内容だもの」


 以前ていりがこのことを訊こうとしたときには、対がやってきたので有耶無耶になってしまった。

 縦軸のスキルの名は〈転生師トラックメイカー〉。その能力は縦軸曰く、異世界転生させるスキルとのことだ。


「それでね、今日は2人のスキルのことを教えてほしいの。いいかしら?」


 「いいかしら?」は「いいよね?」と訳す。


「……分かったよ」

「オーケー、何でも訊きなっさーい!」


 こうして縦軸と微の質疑応答が始まった。


「じゃあまず……2人ってLvいくつですか?」

「はい!私はLv5です!」

「おや、意外と低いですね。ちなみに私たちが入部したときはもう少し低かったですよね?あのときはいくつだったんですか?」

「Lv2でした、てへへ」


 その一言でていりは違和感を覚えた。


「ん?待ってください、先輩がスキル覚えたのって確か8歳のときですよね?」

「そうだよ」

「じゃあつまり、8歳から高2までの91Lvが上がらなかったってことですか?」

「あぁ〜、そうなるね」

「それで今はLv5?」

「うん!」

「いや、おかしいですよね?先輩がLv上げやってたのって1ですよね?どうして9年かけて1しか上がらなかったのが1週間で4つ上がるんですか?」


 ていりの疑問ももっともだ。そしてそれに微はこう解答した。


「ふっふっふ、実はね、縦軸君が手伝ってくれたんだよ!」

「……ほぅ。虚君、どういうことかしら?」

「えっと……」




 話は例の1週間に遡る。傾子のもとを訪れた翌日、縦軸は近所の公園に微を呼び出していた。ちなみに民研のメンバーがSNSでグループを作っているので、こうして縦軸と微が連絡を取り合えたのだ。


「おはようございます、積元先輩」

「おはよ、縦軸君。それでそれで、今から何するの?『スキルのことで話がある』としか聞いてないよ?」

「そうですね……簡単に言うと、『効率的にLv上げをしよう』ってことです」

「こーりつてき?」

「そうです。先輩、今Lvいくつですか?」

「2だよ」

「他の人に異世界見せられるのってLvいくつですか?」

「Lv5だよ!ちなみにLv10でカンストです!」

「……やっぱりこのままじゃ間に合いませんね。先輩、普段どんな風にスキル使ってますか?試しにやってみてください」


 微は縦軸の頼みに少し困惑しつつも、言われた通りやってみせた。


「こうだよ、〈天文台〉!」


 当然縦軸からは何も見えない。だがある変化には気がついた。


(確かに少しだけ魔力が減ってる?じゃあスキル使ってるってことか)

「……先輩、今何が見えてますか?」

「うーんとね、あ、女の子がいる!髪が水色だ!それとムキムキのおじさん!え、ちょっと待って、あの女の子速っ!わっ!おじさん吹っ飛ばされた!すごいすごい、あの子すっごく強いよ!」

「先輩、ちょっといいですか?」


 縦軸が眺めていたのは、虚空を見つめながら熱の溢れる実況を行う微だった。


「ん?何々?」

「先輩、今見ていたのって1ですか?」

「………………へ?」


 縦軸はこう考えていた。微のスキルのLv上げには、何かしらのが必要だと。自分がかつてある方法でLvを急激にあげていったように。そして、前日から考えていたある方法を試そうとしていた。


「今から言う方法を試してもらえませんか?」

「いいよ、何すればいい?」

「そうですね……」



 5日後、同じ場所にて。


「それじゃあ、お願いします」

「オーケー、いくよ、〈天文台〉!」


 その瞬間、微の視界には何百もの景色が同時に映り込む。1つ1つを見ている余裕はない。だが今はLv上げのためにも仕方ない。そうして以前より多くの魔力が消費されていくのだ。

 これこそ縦軸の作戦だ。すなわち、「同時に何百ヶ所も見ればスキルをたくさん使ったことになる」ということだ。これにより、微のレベリングは急加速した。尤も縦軸のやり方はこんなものではないが。


 その時、微がハッとした様子で縦軸を見つめる。


「縦軸君、上がったよ……〈天文台〉がLv5になった!わーーーい!」

「やったじゃないですか!これでみんなに異世界見せられますね!」

「うん!縦軸君のおかげだよ。本当に本当にありがとーーー!」


 喜びのあまり縦軸に抱きつく微。


「うわっ、先輩……苦しい……」


 縦軸が解放されるまで数分ほどかかった。




「……という訳で、積元先輩のLv上げ手伝ってた。隠すつもりはなかったんだけど」

「ふうん、まあいいわ。要するに虚君も学校サボって先輩と楽しそうにしてたってことね」

「いや、その言い方は語弊が……」

「……?」


 微はどういうことだと言わんばかりにキョトンとしていた。無垢故に縦軸たちの会話の意味を分かりかねているのだ。



「じゃあ次は虚君、あなたのスキルのLvを教えてちょうだい」


 ていりの言葉を聞いた縦軸は、意を決したかのような表情になった。そしてていりを見つめて言い放つ。


「僕のスキル〈転生師トラックメイカー〉は……Lv90だ」

「ふーん……え?」

「だから、Lv90だ」


 ていりは困惑した。


「待ちなさい虚君。積元先輩の〈天文台〉はLv10でカンストで、今Lv5なのよ。何をどうしたらあなたのスキルがLv90なんてとんでもないステータスになるっていうの?」

「そ、そんなこと言われても……昔からレベリング頑張ってきたとしか……」

「頑張ったぐらいでどうこうなるのかしら……じゃあ次よ。あなたのスキルの詳細を教えて。確か、『異世界転生させるスキル』だったかしら?」

「そうそう!それ私も気になってたんだ!」


 微も少し興奮気味になる。それだけ縦軸のスキルはとんでもない能力なのだ。


「その通りだよ。近くで生命、ここで言う生命ってのは人間以外も含まれる、が亡くなった時、その魂の記憶を残したまま異世界に生まれ変わらせるんだ。つまり異世界転生させる力だ」


 惜しげもなく話す縦軸。ていりが疑問を持つ。


「虚君、あなたこの前は随分話すの躊躇ってたわよね?何で今日はそんなに教えてくれるの?」


 縦軸は答える。


「傾子さんに言われたんだ」

「え?」

「お母さんに⁉︎」


 驚いた様子のていりと微。


「そうだ。この前傾子さんが亡くなっただろ?その時、ええと……傾子さんにスキルを使ったんだ」

「ええっ⁉︎」


 微が衝撃を受ける。


「先輩、黙っててすいません。機会があれば話そうと思ってたんです。生前、傾子さんに僕のスキルのこと話したんです。その時……」




「……これが僕のスキルです。ちなみに先輩のスキルももうすぐ目標のLvになりますよ」

「へえ……。何だかすごい話ね。そう、あの子も頑張ってるのね」

「それで、これはあくまでも勝手なお願いなんですけど」

「あら、何かしら?もしかして」

「そうです。傾子さん、異世界に行きませんか?」


 傾子の容態は芳しくなかった。おそらくもう長くないだろう。だからこその提案だ。それに対する傾子の反応は


「……ふふふふふ、あはは、あはははは!いいじゃない、その提案、是非ともお受けするわ!」

「え、あの、いいんですか?」

「もちろんよ。だって微の話す異世界ってとっても面白そうなんだもの。私も直接見てみたいわ。それにね、今まで入院が長くて退屈なことが多かったの。生まれ変わったら今の分も思いっきり楽しみたいわ!」

「わかりました。任せてください」

「それともう1つ」

「何ですか?」


 傾子は一呼吸置いてからこう言った。


「微たちも頼ってあげて。縦軸君、その力のこと微たちに話して無いでしょう?ダメよ。悩み事があるなら友達を頼らないと」

「……!」


 縦軸は、その言葉を重く受け止めた。


「分かりました。ありがとうございます」




「……ということがあったんです。傾子さんは今ごろ異世界でのびのび暮らしていますよ。僕が保証します」


 微は笑顔でありながら、瞳が潤んでいた。


「……ありがとう、縦軸君。私のことも、お母さんのことも、こんなに助けてくれて」

「いえ、気にしないでください。僕だってやりたくてやったことですから」

「えへへ、そうか、お母さん、異世界楽しんでるかな?縦軸君どう思う?」

「きっと楽しんでますよ。傾子さんって先輩そっくりですし」


「なるほど、異世界転生させるスキル。しかもLvは90で〈天文台〉の上限すら超えている。じゃあ一体いくらが限界なのかしら。そういえば魔力は……」


 縦軸と微が感傷に浸っている横には、全くブレない様子でノートにメモしていくていりがいた。


「三角さん、これでいいかな?」

「ええ。なかなか貴重な話が聞けたわ。虚君、それに先輩、ありがとうございます」


 ていりが満足したところで、縦軸たちは帰りの支度を始める。




 3人が部室を出て廊下を歩いていた時、縦軸がふと立ち止まる。


「虚君、どうしたの?忘れ物?」

「縦軸君、顔青いよ?」


 縦軸は顔を青くし、何やら険しい表情になっていた。そしてこう呟いた。


「……やばい」


 そう言って縦軸が走り出す。


「ちょっと虚君⁉︎」

「縦軸君待って〜!」


 やがて縦軸はある教室の前で立ち止まる。そして、勢いよくドアを開け放った。


「虚君、一体どうしt……」

「待ってよ縦軸君どこ行くの…………!」

「三角さん、先輩、2人も早く!手伝ってくれ!!」


 そこにいたのは、椅子に座り、机に倒れ込む1人の女子生徒だった。彼女の手首からは、赤い液体が地面に垂れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る