コールドスリープ勇者

花道優曇華

第1章「最初の偉業」

第1話「目覚め勇者」

狭い、苦しい、暗い。

細腕で低い天井を叩き、どうにか体を起こした。記憶はすっぽりと

消えてしまっているがどうにでもなる。今、大事なのは状況確認だ。

この場所の確認が最重要。


「こんな綺麗な森…家の近くには無かったし…県外、とか?」


ふと上に掲げた腕を見て驚いた。真っ白な真珠のような柔肌。ほんのりと

焼けた小麦色の肌は何処に?


「水面になら映るかな…?」


湖を覗き込み、何度も見直す。やはり容姿も違う。服装も違う。

ますます分からない。


「何をしている」

「―ッ!!?あッ―」


驚き、彼女は湖に落ちる。


「大丈夫か?ん?」


湖から顔を出した彼女の顔を見て男は首を傾げる。そして眉間に皺を寄せて

彼女の顔に穴が空くほどジーッと見つめてから目を丸くした。


「本当に申し訳ありません!」

「あ、いや…って、え?敬語!?」


男が差し出してきた手を掴み、陸に上がった。男は彼女に自身の来ていた上着を

着せてやる。確かに気が遣える人物なのだがさっきの口ぶりの変わり方が異常だ。


「何度も驚かせてすみません。俺はスカーレット」

「スカーレット…何だか女性らしい名前…」


その言葉に怒ることも無く彼は苦笑した。スカーレットと名乗った男は緋色の目が

異様に際立っている容姿をした美青年だ。


「貴方はこの地では勇者なのです」

「勇者?魔法も剣も使えないのに!?」

「お、落ち着いてください。貴方は既に薄々気づいているはずですよ。ここは元々

貴方のいた世界ではないと言う事。それに自身の力も、ね」


一度深呼吸をした。彼が言った通り、想像はしていた。自分は別世界にいるのでは

無いか。ここは小説や漫画で言うところの異世界なのでは無いか。

更にそれを決定づけたのは自身の懐に眠っていたメモ書き。そして

スカーレットの正体。

メモ書きの内容

『・記憶及び技能・技術引継ぎ

 ・現在地点 プラテリア連邦国』

妙な記憶が幾つか存在する。それは知識、彼女に…ノエル・エーデルローズに

何者かが譲り渡したものだと言う事も分かってしまった。


「…大丈夫?何だか調子が悪そうだけど…」

「大丈夫です。それよりも頭の中を整理することは出来ましたか」


何処か疲れた様子だ。彼は吸血鬼の混血、ダンピーラと呼ばれる種族だ。

人間の血が混ざっていても僅かながら影響はあるようだ。


「戻ろうよ。私は大丈夫だからさ」

「すみません。では、こちらに」


スカーレットはノエルを招く。彼の後ろについていく。こんなに綺麗な森は

元々住んでいた場所でも少なくなってしまった。

森を使いつつ、現代の技術を使った大きな国。森に住んでいた魔物たちが

国を作り出した人物の願い「人間と魔物、様々な種族が共に助け合い、

生きることが出来る国」の元、ここは作られた。魔物たちもその言葉に

異議を唱えず納得している。


「魔物の鉄則、弱肉強食。強い者に異を唱える者はおりませんよ」

「そりゃいないかもしれないけど、私は正直に言ってスカーレットたちと

比べたら下でしょ」

「それは違います。貴方の存在に関しては他の者たちも先代の国王より

話は聞いている」


街を出歩く魔物たちはノエルと目が合うと穏やかな表情を浮かべて

一礼する。だからノエルも彼らに会釈をした。これが礼儀だ。


「ここが今日から貴方の家です」

「わ…和風ッ!?」


と考えると先代の王様も同じように日本からここに来たのか?


「ノエル様~、初めまして!」

「えっと…アリーシャ、であってる?」


兎耳を持つ獣人アリーシャは目を輝かせていた。


「そうですそうです!ノエル様には遠く及びませんが戦いもある程度できますよ!」

「あ、ズルいですアリーシャ!抜け駆けはしないでください!」

「こ、今度は何だ!?」


プンスカと怒りながらやってきた少女。彼女は鬼人と呼ばれる種族らしい。

お淑やかなお姫様のような姿、モモネという異世界では聞くことが出来ないような

名前を聞いた。


「ノエル様のお洋服は此方です。もしもサイズが合わなかったらどうぞお申し付け

ください」

「ありがとうモモネ。そうだ、先代の王様の何かは残って無いのかな?

何でも良いんだけど…」


モモネはニコッと笑って「ありますよ」と言った。


「ノエル様にはしっかり渡すように言われております。この日記に王様が

残してくださった様々な事が書かれております」


日記。赤色の背表紙、表表紙…どこにも名前は書かれていない。そして

彼女たちも名前を口にしていない。


「名前は…」

「可能な限り言わないで欲しいと…もう自分は国王ではない、新たな国王の名だけを

口にしていれば良いと…そう悲観なさらないでください。今は何も寂しく

ありません」

「そっか…私、頑張るよ。その前の王様みたいな凄いことは出来ないけど

努力はするよ」

「そんな、ノエル様。何時でも私たちを頼ってくださいね!」


では私はこれで、とモモネがこの場所を離れていくのを確認してから日記を

開いてみた。何かあるかもしれない。この人がまだ叶えられていないことを

叶える、それを目標にしても良いかな?


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