第41話 美と健康を追求するサロン

 進級試験まで残すところ後一ヶ月。


 教会での暮らしは快適だ。養護院の子供達も、カタリナさんに懐いて文字の読み書きや、この国の歴史、世界地理を大人しく学んでいる。


 魔法や剣の勉強は、希望者だけ。


 ラットくんは、将来強い騎士になって仲間を守りたいと語ってくれたので、護衛騎士さん達にお願いして、稽古をつけてもらっている。


 ナナリーちゃんとちゃんは、裁縫と料理も学んでもらう。裁縫は、グラッチさんから紹介してもらった、仕立て屋のマリナさんが先生だ。


 彼が言うには、マリナさんの裁縫の腕はこの国で一番らしい。だけど、服飾センスがちょっと一般受けしないようで、パトロンがまだいない。


 彼女を持て余してしまっている仕立て屋としては、都合が良かったみたいです。こちらとしても、願ったり叶ったりだ。


 裁縫職人は、通常であれば裁縫ギルドの下働きから始めるらしいけど、養護院の子供達に早く手に職を持たせたいので、無理を承知でマリナさんに指導教官をお願いしている。


 交換条件で、綿の肌着を提供したら、あっさり承諾したんだけどね。


「こんな肌触りの良い布を見たことがありません。どうやって作られたのですか! ふむふむ、ここで折り返して……信じられない縫い目が均等過ぎる…はっ、初めて見ます……」


 依頼の話より、仕立て方に興味を持たれてしまい、彼女の質問攻めが延々と続いた。


 権利の話や、流通の事は母様達の許可がいる。まだ知られていない、パンツとかブラジャーを渡したら、大変なことになりそう。


 ちゃんと自重した。


「秘密厳守です」と伝えると、コクコクとマリナさんが頷いてたので、取り敢えず大丈夫と思いたい。


 一生懸命、勉強に励んでいる子供達の様子を見てから、工房に戻った。


 いよいよサロンの運営を始めると母様から言われたので、肌の潤い魔道具「うるおいくん」と、新作下着の作成に取り掛かる。


 当日の販売価格は、母様達が決めた。自分は価値が分からないので任せた方が賢明なのだ。


 サロンで上手くプレゼンテーションできれば、作れば作った分懐が潤う。自分の腕次第……皆の生活がかかっているから、責任重大だ。


 大まかに分類された価格表を眺めながら、足りない製品を確認する。


 高級下着セットが金貨三十枚。

 高級パンツの単品は金貨十五枚。

 高級ブラジャーの単品、金貨二十枚。

 綿下着セット、銀貨二十枚。

 綿パンツの単品は、銀貨十枚。

 綿ブラジャー、銀貨十五枚。


 気のせいか……値段が上がっているような?

 母様達に譲った時はもう少し安かった気がする……けど……。


 高級品の布は、バリアントスパイダーじゃない。ひとつランク下の魔獣デススパイダーの糸で作られている。


 ここにおそらく駆け引きがあるのだろう。深く考えないでおいた。


 とは言え、貴族様が纏う物だから、レースとか柄、フリルとリボンで装飾しておく。ランクの落ちる素材でも、見た目は豪華なのだ。


 皆が履いてるズロースの布よりは、全然上質だけどね。


 うるおいくんは、金貨三枚。ちょっと良心的? 火の魔石と風の魔石、ミスト魔法が込められた魔石が用意できる人は自前で交換してもらって問題ない。


 ミストは、水魔法の初級らしいから、使い手はいくらでもいるらしい。


 用意できなければ、商人から手に入れる事も出来るみたいだし。


 だけど、ミストと一緒に噴射する美容液は、自分から買ってもらう必要がある。作り方だけ誰かに教えてしまっても良いんだけどなぁ。母様達やニナ達メイドさん、カタリナさんにも好評だったし、需要はあると思う。


 しんどくなる前に……手を打っておこうかな。




 ――あれよあれよと準備が整い、ランジェリーサロンの開催場所、ボルトン宰相さんのお屋敷に用意された部屋にゴーレムマネキンを置いて、下着を付けていく。


 腰の捻らせてみたり、頭や腕の向きをいじってポーズを付ける。


 場所を提供してくれたボルトンさんの奥さん、エレノア婦人が様子を見に来た時は、母様達とリアクションが同じで、「んまぁっ! んまぁっ!」っと、頬を染めてマネキンをまじまじと眺めて感動していた。


 やはり、下着というのは、男性女性問わず魅了するんだね。


 視点は違うかもしれないけど……。


 後から到着した母様達に、マネキンや製品の陳列にダメ出しを受ける。


「もう少し身体全体を見せなくてはいけませんね。うーん、そうそう、良いですわ。そのお尻を突き出す感じ良いですわ」

「そちらのバリアント素材も、ベールで隠しておきなさい。皆さんの驚く顔が見たいですわ」

「リリス、一度進行をおさらいしましょう」


 最後のマネキンのポーズが決まり、進行の流れを母様達と確認したところで、別室で控えている招待客を招き入れた。


 ヒィ、ここまで辿り着くの、大変だったぞ……。


 もうこれっきりで終わっても良い。


 何だかんだと楽しかったけど、次からは全部自分でやらないで、ニナ達に任せようかな……ちょっと出張り過ぎた。




 ――今回は、母様達と仲の良い三人の貴婦人が招かれている。

 一人目は、ウィンチェスター辺境伯婦人のエーデル様。少しだけふっくらした体型で、優しそうな雰囲気をしている。母様達に挨拶した後、自分にも挨拶をしてくれた。


 二人目は、アナバス伯爵婦人のセシル様だ。ちょっと目尻が上がってキツそうな雰囲気。でも、容姿と違い、挨拶を交わした際に、「楽しみにしてましたのよ」と、笑顔を見せてくれたので評価は一変した。良い人っぽい!


 三人目は、ダリントン伯爵婦人のクリスティン様。セレーヌ母様のお友達だそうで、よくお茶会を開催している。セシル様と同じく、今日という日を待ち望んでいたそうだ。


 最後に、宰相婦人のエレノア様が席に着き、サロンが開かれる。


 メルティア母様の目配せで、皆の前に立って開催の言葉を述べた。


「美と健康を追求する淑女の集い、ランジェリー・ドゥ・サロンへ、ようこそお越しくださいました。サロンの主人を務めさせて頂きます、リリスと申します。本日は、まだ世に出ていない特別な品々をご用意いたしましたので、是非ご覧ください」


 母様達が、「上出来よ」と言わんばかりの笑顔を向けてくれた。


 スゥーっと深呼吸して、最初の見世物に視線を向ける。


「今回ご覧頂くのは、女性の持つ魅力を最大限に引き出す究極の品。身体の引き締めだけでなく、胸の形を崩さず補強し、お尻の丸みを強調させることが出来ます。コルセットと併用する事で、より美しいシルエットを生み出す事が可能となりました!」


 バサッっと、言葉に合わせて綿の下着を纏った人型マネキンゴーレムが現れる。一体ずつ、婦人達の前に歩いていき、クルッと回転して元の場所で戻っていく。


「「「んまぁっ!」」」


 ブラジャーやパンツのフリルがちょんちょんと揺れる事で、躍動感が生まれ、婦人達の視線を釘付けにしたようです。


「こちらに、実際にゴーレムが着用している物と同じ品をご用意しました。手に取って頂きまして、感触をお試しくださいませ」


 ニナ達が、木枠に載せられたパンツ達を婦人達の前に置いていく。


「王妃様、よろしいのですか?」


 エレノア宰相婦人が恐る恐る手を伸ばし、メルティナ母様にお伺いをたてる。


「ええ、私達は美と健康を追求する同志ではございませんか。遠慮する事はございませんよ。私達は既に、同じ形の下着を既に身につけておりますの」

「ええっ! そうでしたのですね。流石、メルティナ様です。でっ、では、お言葉に甘えて……」


 母様の言葉に婦人達は安心したのか、ひとつずつ丁寧に下着を手に取り眺め始めた。


「こんな肌触り初めてですわ。これを着用すると、あのような美しい容姿に……」

「王妃様も着用されているそうですし、これは新しい流行に……」

「この布のあしらいがとても素敵ですわ。私も一度着てみたいですわ」


 婦人達は、お互いに下着を交換しあい、ゴーレムの姿と比べながら思い思いに感想を口にしている。


「皆様とても気に入ってくれたようで、安心いたしました。本日は、まだお見せしたい品がございます。最後までお付き合い頂ければと思います」


 四人の婦人が子供ように頭を縦に降る。


 サロン第一回の開催の滑り出しは順調に過ぎていった。

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