第30話 双崖の街シャンヤ5 淵の中

 3体の《泡吐蟹アワハキガニ》は、俺とミレーさん、そしてコノハ君が封印することにした。

 使うのは、手に入れたばかりの正封獣札。

 俺は1枚準封獣札を残しているが、先に正封獣札を使うほうがいいだろう。ステータスアップポイントも多いし、使用できるスキルも2つに増える。


「ヒヨコマメ君、もったいぶって『準』から使うと思ったわ」

「『準』を使う意味、少ないでしょう。俺だって、ここは『正』を使いますよ」

「そうか? 君、もったいぶるタイプやもん」


 リリィレイクさんにだいぶ偏見を持たれている。俺だって現代に生きる合理主義者の一人、それが分からないとは。

 ともかく俺たち3人は赤茶色のカードを向ける。すると、それぞれ1体ずつが吸い込まれていく。封印の燐光が洞窟の岩肌を照らし、松明たいまつの揺らめきと合わさって幻想的な色合いを見せた。


「どれどれ……」


 発現したスキルを見せ合う。俺は『拘束攻撃強化』、ミレーさんは『防刃回避』、そしてコノハ君は『からみ泡』。


 俺の『拘束攻撃強化』は、文字通り拘束属性の攻撃の威力を上げるもの。

 拘束属性の武器というとかなり限定される。対象は、俺の盾鋏たてばさみむち、鎖鎌などほんの一部だ。俺が対象の武器を使うからこのスキルが出たのかは不明だが、今後多用できそうなスキルだ。


 他方、ミレーさんの『防刃回避』は中級以上向けかもしれない。

 効果時間は3秒。効果は、回避行動中のみ「切断・刺突」のダメ―ジを受けないこと。

 切断と刺突に限定される上、無敵なのは回避行動中のみ。突っ立っているだけではダメージを無効にできない。はまれば強いかもしれないが、使いどころが難しい。

 しかもミレーさんは、ジャスト防御スキルである『瞬間硬化』も持っている。似たタイミングで発動させるスキルが2つあると、いざという時どちらを使うか迷わないか。それも懸念事項だ。


 最後にコノハ君。

 『絡み泡』は、近接武器に【泡】を付与し、攻撃した相手を泡まみれにできるスキル。《泡吐蟹》の泡同様、相手の【速度】を下げるデバフ効果がある。ただし攻撃の威力は上がらない。

 しかしメインタンクのコノハ君ならば、敵との接触回数は最も多いし、【速度】を下げられれば今回のように敵が後ろに抜けていくリスクも減らせるだろう。

 ちなみに試してみたが、【泡】を付与した投げ槍を投げた場合は、エフェクトが消える。あくまでも近接武器状態のみというわけだ。


 俺たち3人がステータスアップポイントを割り振り始めると、ロータスさんが3つ目の宝玉を台座から回収した。


 * * *


 洞窟から出ると、昼の1時を過ぎ、とっくに普段の昼食時を過ぎていた。

 急いで街へ戻り、下りていって、川面に近い喫茶店風の店に入った。注文が届くと、空きっ腹の俺たちは言葉少なに中華焼きそばをすすり始める。

 焼きそばが終わる頃、リリィレイクさんが口を開く。


「これでウチらは全員、『正』のカードは使用済み。あと1個宝玉見つければ、ロータスさんも『正』がもらえるわけやね」


 デザートも頼んだ彼女は、クリームが包まれた揚げ餃子風の謎スイーツをフォークで刺す。口に入れると、彼女の顔がにやけた。


 ロータスさんが、成果である3つの宝玉をテーブルに置いた。どれも深い碧色をしている。

 どの宝玉の時も宝を守るモンスターが出現し、俺たちはそいつらを封印して戦力に変えた。


 1つ目の宝玉は、竜滅隊が居た牢屋の方から山に入り、ほこらから回収した。

 この時、ハルハルちゃんが《虹玉虫ニジタマムシ》を封印し、『虹壁』スキルを得た。効果は、遠距離攻撃のダメージを軽減するバリアを自身に張るというもの。


 2つ目の宝玉は、街に戻り、最も高い物見櫓ものみやぐらの上にあった。しかし、そこで大きな《紫鴉ムラサキガラス》に襲撃された。飛び回る相手に手こずったものの、こちらはリリィレイクさんが封印した。

 得られたスキルは『執念ノ矢』。1分間、外れた遠距離攻撃が一定確率で相手に戻っていく。命中精度がそこまで高くないリリィレイクさん向きかもしれない。


 3つ目の宝玉は、対岸に渡り、山中の洞窟で今しがた回収した。

 そうしてラスト1つとなったわけだ。しかし、これを最後に回したのは理由がある。場所が厄介だからだ。


 リリィレイクさんが外を見つめる。


「あのー! もう少ししたら、ウチらも参加しますんでー!」


 そして叫んだ。すると、外から野太い声が返ってくる。


「おおー!?」

「マジかー!?」


 外、つまり碧鱗川。

 そこに水着姿の野郎ばかりが4人いて、愛嬌あるリリィレイクさんに手を振っている。彼らは先ほどから水に浮かび、時折淵の中へ潜水を繰り返していた。

 宝玉はあの辺り。素潜りで手に入れるということだった。





 水着を持っていなかった面々も街で水着を買い、全員で流れの緩やかな瀬にざぶざぶと足を入れていく。岩の感触が足裏に直接伝わり、気温の割にはやや冷たい程度の水が足先を洗ってくる。


「いやあ、俺のために体張ってくれて、本当にありがとう。泳ぎ、得意じゃないからマジでありがたいよ」


 ロータスさんから何度目かの感謝の言葉を受ける。


 男性陣3人の水着は皆、地味な色のハーフパンツタイプ。

 対して女性陣3人は三者三様。ハルハルちゃんは真っ赤なワンピースタイプで、胸と腰回りがヒラヒラ生地で隠れている。ミレーさんは太腿まで覆う黒の競泳水着タイプ。ボディラインが出るが、何も言うまい。

 そして、リリィレイクさんは鮮やかな黄緑のビキニ。俺たちの視線も、先にいた野郎オンリーのパーティの視線も一番集まっている。


「な、ぅ……ウチも地味なのにすればよかった」

「もう少しお腹が引き締まってればなおいい」

「やかましい! あんたのペタンコよりはマシや!」


 リリィレイクさんとミレーさんの言い合いを、野郎パーティは保養とばかりに耳をそばだてている。


「なあ、みんな、このパーティの人たちは俺のために宝玉集めを手伝ってくれてるんだ」


 ロータスさんが俺たちとの関係を野郎パーティに伝えた。


「了解です。ありがとうございまーす!」

「ありがざっす!」

「あざっす!」

「ざっす!」


 すると、なぜか向こうからも感謝の言葉が返ってきた。ロータスさんが水着女子を連れてきた英雄とでも思われているのだろうか?


「どの辺はまだ探してない?」


 ロータスさんが短い左腕を押さえながら尋ねると、野郎の一人が「あの辺っす」と教えてくれた。ロータスさんの腕を気にしている様子だったが、ちらちらと目線を送るだけで聞いては来なかった。

 俺たちは瀬に拠点を決めると、交替で潜り始めた。皆、泳ぎに得意不得意はあれど、金鎚がいないので見学専門はいない。


「…………」


 俺も淵へ一歩踏み出す。潜ると、一瞬で音が遠のいた。現実ほど目が染みるという感覚は無いし、みどり色の水中は予想以上に見通せる。

 頭を下にして、川底にゆっくり潜っていく。この淵の水深は5、6メートルはあるだろう。底に着くと、さすがに少し暗くなっていた。小魚がいて、俺の姿に驚いたのか泳ぎ去っていく。

 ミレーさんが少し遅れてきて、俺を見つけると手を振ってきた。恥ずかしいが、こちらも振り返した。


 このゲームでは水中だと酸素ゲージが存在した。時間経過とともに減少していく。

 現実より、潜水特有の全身の圧迫がかなり軽く感じ、泳ぎやすい気がする。酸素が半分近くになるまで、川底を探索してみることにした。


 ゆったりとした水流を遡るように泳ぐ。見回してもここは天然の岩場で、人工物は見当たらない。そして、川の色も碧ならば、これまでの宝玉の色も碧だった。視界に入っても気付かないのではないか。そう思いながら進み、やがて浮上する。


 こちらでもない、あちらでもないと、俺たちが探索し始め、15分ほどが経った時だ。

 向こうのパーティの一人が水面から顔を出すや否や、右腕を突き上げて雄たけびを上げた。


「この下、この下! 竜の置物がある! そこ!」


 彼の手には宝玉が光っているではないか。

 全員が歓声を上げ、ロータスさんも潜っていった。



【踏破距離:154キロ】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る