魔女と世界の隠し事

久里 琳

第1話 はじまり


 世界はやさしい。そんなやさしい世界を、私はけっしてゆるさない。






 ここんとこなんにもやる気が起きない。なにか片割れをうしなったよな気分。

 この世のすべての怨霊からうらみつらみを集めて濃縮したみたいな陰気なため息がさっきからこぼれるのは朝から急に生理が来てトイレにかけこんだってのもかなり効いているけど、問題はこれは昨日今日はじまった気分じゃないってことなんだ。

 なんなんだろうな、このもやもやする感じ。


「それが青春ってもんだろ」ってのほほんと言いやがったのは幼馴染のつかさだ。「深く考えんじゃねえよ、ない頭うごかすと疲れんぜ」

 司とはいつからつるんでいたんだか記憶をたどれないほど昔っからのくされ縁。デリカシーのかけらもないこいつの隣でまいにち授業を受けなきゃなんないのはもはやなにかの呪いとしか思えない。

 と朝から不愉快な気分全開でトイレにこもっていると、頭から降ってきたのだ、あろうことかトイレットペーパーが。それがすべての始まりだった。



「なんじゃああ!?」

 非難の大声あげる私に、薄壁一枚へだてて隣にいた女はひと声も発することなく、ばたんと扉の音たて去っていった。なんだってんだあんにゃろう。だれだか知らないけどぜったい突きとめる。突きとめてこのトイレットペーパー突っ返して、なんなら顔にぺたんと貼っつけてそのうえからひっぱたいてやらあ。


 ……ま、私にそんなことできるわけないけどね。

 しかたないからじっと手を見る。世の中がどんだけ豊かになろうと人間世界の暮らしにくさはたいしてかわらんみたいよ、啄木先生。

 手もとに残されたのはトイレットペーパーの痩せほそったロール。それにしても我ながらナイスキャッチだったと思う。すこんと頭に当たったトイレットペーパーがそのままスローモーションで落ちてってあやうく床にタッチしようってところを、反射的に飛び出た右手がすくいとったのだ。

 ずっとつかんだままだった手をひらくと紙のうえの青いインクが目についた。なんか書いてある、文字だ、なんだろ、ぐうっと目を凝らす――とそこにはひとこと「回覧板」と、つめたく突き放すように書かれてあった。


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