空と少年

松本碧

1.空と色

 少年は一人、空を見ていた。

 雲ひとつない、綺麗な空だった。しかし、少年の目に青空は映らない。

 ガラス細工のように美しい瞳から一粒、大きな涙がこぼれおちた。


 

 少年が小学三年生のころ、彼の住む世界から突如“色”が消えた。少年が住む世界は、灰色一色。ほかの色は存在していない。どうして急にそんなことになったのか、よく分からない。

 初めこそ戸惑ったものの、慣れてくると大したことではないと感じるようになった。灰色の濃さによって、大体の色の違いはわかる。

 “色”が消えたなんて、少年にとってはどうでもよかったのだ。


 

 少年の世界から色が消えて4年が経ち、彼は中学一年生になった。

 学校生活はそれなりに楽しく、充実していた。親しい友人も2人できた。

 友人らは青空がとても好きで、よく空を見上げていた。

 


 空の青さが分からない少年に、友人たちは熱心に空の話をした。そして、少年は思う。

 世界が灰色一色じゃなかったとき、どうして自分はもっと空を見なかったのだろうか、と。


 色がなくなって4年が経つ。少年は、もう青という色を思い出せない。綺麗な青空を思い出したくて、少年は空を見上げた。


 しかしそこに、青はない。


 どんなに晴れていても、綺麗な虹が出ていても、少年に見えるのは灰色だけだった。


 少年は自分が泣いていることに気付いた。

でも溢れる涙をどうすることもできなかった。


 いつからだろう。色があってもなくても、美しいと感じることが出来なくなったのは。

 だから、灰色の世界でも構わないと思っていた。鮮やかな色は、思い出したくない景色と痛みを思い出させる。自分の世界は灰色だけで十分だと、自分に言い聞かせていた。


 だから、気づかなかった。

 空を見上げるたび、自分の頬を涙がつたっていることに。


 友人たちと同じ景色を見たい。

 もう一度、綺麗な青空を見たい。


 少年は心からそう思った。

 

 その瞬間、少年は色を取り戻した。


 少年は空を見た。4年ぶりの空はとても美しく、目に染みるような青さだった。

 太陽の光が暖かく、泣き崩れる少年を包んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る