オマケ 剣崎殺人事件
剣崎殺人事件 その一
剣崎のケガは絶対安静ではあったが、命にかかわるほどではなかった。岡山の総合病院で一週間ばかり、おとなしくしているよう医者に命じられたという。
「剣崎。早く元気になってね」
面会謝絶ではないから、お見舞いはできる。殊勝な顔で言う青蘭と、そのとなりに立つ龍郎を、剣崎はするどい目つきで見くらべている。
やっぱり、バレているのかなと思う。勘のいい人間なら気づくだろう。
「あの、じゃあ、おれたち、とりあえず地元に帰るので。青蘭はお金がないから、ホテルに泊まれないし」
すると、昨日、手術を終えたばかりで、まだ痛み止めを飲んでいるはずの剣崎が、油断なく指摘をした。眠いだろうに、龍郎の前では絶対に寝るまいという強い意思を感じる。
「ここは二人部屋だが、今のところ入院患者はおれだけだ。坊ちゃんだけなら泊まっていける」
「いや、でも、おれが泊まれないし」
「おまえは帰ればいいだろう?」
そして二度と坊ちゃんの前に顔を出すなと目で語った。
とてもじゃないが、「ごめん。これから、おれたち正式につきあうことにしたんで、あんたはもう別れてくれないかな?」と言いだせるふんいきではない。
もしそんなことを言おうものなら、必ずや血を見るだろう。それが龍郎の血なのか、剣崎の血なのか、はたまた青蘭の血なのかはわからないが。
「まあまあ、みんなで交代に寝たらよかろう。看護師さんに菓子折りの一つでも渡せば見逃してくれる」と言ったのは穂村だ。
なぜか穂村と蝶野まで、病院についてきたのだ。
「いやいや。穂村先生は帰ればいいじゃないですか。なんの用事もないでしょ?」
「何を言うか。君たちは大事な観察対象だよ。離れるわけにはいかん」
たしかに頭脳は頼りになる。だがやはり、ふだんはめんどくさい……と考えてしまうのはいけないことだろうか?
「まあ、全員男同士なんだし、いいんじゃないか? 青蘭ちゃんは細いから、二人いっしょにでも寝れるだろ? さ、おいで。私のとなりで休んでいいよ」
そう言いながら、空きのベッドによこたわり、チョイチョイと指さきで誘うのは蝶野だ。やっぱり、猫たちに、もっとがんばってひきとめてほしかった。なんなら、両手両足に、島じゅうの猫でしがみついてでも。
「おや、それじゃ、失敬。昨日は夜どおし洞窟探検してたんでね。さすがに疲れたよ」
ハッハッハッと笑いながら穂村が蝶野のとなりにおさまる。龍郎は「グッジョブ!」と心のなかで叫んだ。前言撤回だ。頭脳以外でも役に立つ。
「じゃあ、青蘭。おれたちはあとでいっしょに寝ようか」
「えっ? でも……」
「ほら、剣崎さんは傷口がひらいたらよくないからさ」
「うん……」
剣崎は眠気に耐えかねたのか、無念げに目を閉じた。
日が暮れた。
夜の病院はなんとなく不気味な静けさに満ちている。どこか遠くで、ときおりパタパタと誰かがサンダルで走る。ドアの開閉や、虫の鳴き声、枕元の置き時計など、ささいな物音がやけに響く。
「じゃあ、青蘭。おれ、トイレ行ってくるから、戻ってきたら寝よう」
「うん……」
やはり邪神を倒して疲労していたのだろう。青蘭は剣崎の枕元にスツールで腰かけたまま、居眠りしていた。龍郎が声をかけると、つかのま目をあけたが、すぐにまたベッドにつっぷした。
ベッドではまだ穂村と蝶野が図々しく寝入っている。おたがい死人のように身動きしないので、なんとか一つのベッドにおさまっている感じだ。
それにしても、龍郎たちはたしかに昨夜、洞窟を歩きまわり、悪魔を何度も退治した。疲れているのは当然だ。しかし、蝶野はしっかり家で寝ていたはず。なぜ、昼寝の必要があったのかわからない。
龍郎はそっと病室をぬけだした。看護師の許可を得て泊まりこんではいるものの、くれぐれもほかの入院患者の迷惑にならないようにとは注意されている。
(あっ。よく考えれば、昨日も風呂に入らなかったんだよな。夏じゃないからまだいいけど、病院のシャワーは使わせてくれないもんな)
そんなことを考えながら、トイレから出て暗い廊下を歩いていたときだ。
ギャーッと断末魔の雄叫びが院内に響きわたる。野太い男の声。剣崎だ。
龍郎は大急ぎで病室に戻った。
「剣崎さん? どうかしたんですか?」
室内にとびこむと、剣崎はすでに死んでいた。血まみれで、カッと目をひらいている。胸にナイフが刺さっていた。
剣崎殺人事件、発生——
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