第7話 猫の呉服屋 その四
龍郎の態度がおかしくてならないふうで、蝶野は話しだす。それにしても青蘭を離さないので、よこから龍郎は奪いとった。膝枕をしつつ聞く。
「私も寺の住職に聞いただけだから、くわしく知っているわけではないが、昔、この島は海賊の隠れ島だったらしい」
「海賊? 村上水軍みたいな?」
「まあ、そういうものかもしれないな。時代的にもそのころの話のようだし。当時、外国の船から強奪して、島に持ちこまれたものがあるんだそうだ。ただ、それには恐ろしい呪いがかかっていた。浦主家はその昔、水軍の頭領だった。呪いの品を手に入れた彼らは何代も続いて当主が発狂した。困りはてた奥方がその何かを座敷牢に閉じこめ、外から出入りできないように封じた、という話だ」
龍郎はうなった。それはひじょうに興味深い話だ。呪いの何かというのがなんなのかはわからないものの、これまでに遭遇した悪魔の数を思えば、まんざらただの伝説ではないだろう。
「その話、住職から聞いたんですか? でも、住職は悪魔でしたよ」
「悪魔? そんなはずはない。山瀬さんは温厚で
「白いひげの高齢者ですよね?」
「四十代を高齢とは言わないな」
「じゃあ、おれの知ってる人じゃない」
よく考えたら、龍郎が退魔した老人は、自分から住職だと言ったわけではなかった。作務衣を着て墓場にいたから、龍郎が勘違いしただけだ。
「なるほど。お寺にはあらためて後日行ってみます」
「それがいい。今、本州から学者が来てたはずだ。山瀬さんの学生時代の友人らしい。物知りだって話だから、もっと詳細に聞けるかもしれない」
「それはどうも」
話していたときだ。
とつぜん、家がゆれた。
あッと思う。この感じ、悪魔の結界に入った。
その感覚を蝶野も察知したたらしい。
「……マズイな。すごくマズイ」
「ですね。蝶野さん。あなた、エクソシストなんですか?」
「エクソシストって、外国の映画に出てくる悪魔祓い?」
「えーと、まあ、そうです」
「違うな。私は生まれつき、そういうものに敏感だが、それを仕事にしてるわけじゃない」
「なら、おれから離れないでください」
「ああ?」
それにしても、青蘭はいつ目をさますのだろう? そっと、ゆすってみる。
「青蘭。悪魔がいる。起きて」
「龍郎さん……ウソつき」
「いやいや。ウソついてないし」
寝言にしても全力で龍郎のメンタルをけずっていく言葉だ。あまつさえ、うっすら涙さえ浮かべている。きっと夢でも見ているのだろう。
(夢のなかの君は、邪神の王なんだろうか? それとも天上の天使? 君が前の世界のことをおぼえてたら、こんなすれ違いはなかったのに)
頬をなでていると、まぶたがあがり、魅惑の瞳が龍郎を見つめる。
「……悲しい夢を見た」
「それは夢だよ」
「うん」
ミシミシと廊下が軋む。誰かが近づいてくる。
「蝶野さん。この家には——」
「私の独居だ」
「つまり、ここにいる三人しかいないはず」
「ああ」
しかし、ハッキリと足音は聞こえる。
障子のむこうに影が映る。さっき、この座敷の外から見えたのと同じ影だ。猫のような耳の生えた……。
影は部屋の真正面に来ると、外から声をかけてきた。
「申し。そこに、ぬしさまはおられますか?」
妙に高い女の声。
聞きおぼえがある。それはさきほど厨房で、魔王の影と話していた何者かの声だ。
「申し。右目を返してくださらぬか。でなくば、わたしが殺されます」
蝶野が眉をひそめてつぶやく。
「何を言っているんだ? 右目を返せとか」
龍郎のほうこそ聞きたいくらいだ。が、さっき厨房で魔王の影は右目がなんとかと言っていた気がする。そのことだろうと察しはつく。
「それほど強くない。退治してしまおう」と、青蘭がささやく。
「そうだな」
障子のむこうの気配は、下級悪魔のそれだ。これじたいは恐れるほどのものではない。
「申し。ぬしさま。お願いいたしまする。右目をくださりませ。どうぞ、おタマを哀れとおぼしめしならば」
龍郎は青蘭とうなずきあって、障子に手をかける。しかし、蝶野が呼びとめた。
「待ってくれ」
「なんですか?」
「今、おタマと言った」
「それが?」
「タマは私の飼い猫だ」
今どき、タマという名前の猫がいるのか。時代錯誤だが、蝶野の風体にはあっている。
蝶野は龍郎たちを押しのけて前に出た。
「タマなのか?」
彼が問いかけると、影がうなずく。
「タマでござりまする。すぐにも右目をさしださねば、わたしは殺されてしまいますのです」
「誰に? 誰に殺されるのだ?」
「それは……」
口ごもったあと、沈黙が続く。しびれを切らしたように、蝶野が障子をあけた。
「タマ!」
が、そこにいたのは化け猫だ。白黒のブチもようが顔に浮かび、着物を着た猫。タマは姿を見られると急に激した。
「タマがこれほど頼んでおりますのに!」
すくんでいる蝶野にとびかかる。
龍郎は急いで右手をあげ、浄化の光を放った。化け猫は悲鳴をあげ、廊下に倒れる。みるみる縮んで、やがて消えた。
肩を落として、蝶野が言った。
「タマ。おまえまでもが妖魅となったか」
「おまえまでも、ですか?」
「そう。この島では猫がみんな、おかしくなるんだ。これまで多くの猫を飼ったが、どれも途中で姿を消した。タマだけはずっと変わらないと思っていたのに」
あの黒い影のせいだ。
あれがすべての元凶——
「浦主家に封じられた何か。それを探さないと」
なんだかよくないことが起こりそうな気がする。
急ぎ、浦主家へ戻ることにした。
了
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