銀鱗の篭手のカルロフ 【悪徳と享楽の園の破戒僧】

椰子草 奈那史

銀鱗の篭手のカルロフ

プロローグ

 レトリック。


 先の大公が七番目の息子に付けた冗談のような名前は、彼に対する期待、愛情の薄さを如実に現しているものであったろう。

 実際のところ彼の上の兄弟達は優秀であり、彼がまつりごとを取り仕切ることはなかろうと誰もが考えていた。


 ところが、雨夜の月は稀に訪れるものである。

 度重なる戦乱と内紛、疫病の蔓延に、彼の兄弟達は次々と命を落としていった。

 時世がようやく落ち着く頃には、大公の息子で残ったのはレトリックだけであった。

 彼は執政となり、大公を助けて領国の運営に携わることとなった。

 帝王学や軍学よりも詩歌や宮廷音楽に傾倒していた彼の手腕を懸念する声もあったが、彼は諸事を無難にこなし、領国はかつての安定を取り戻していった。


 五年後、先の大公が逝去した。

 それに伴い大公の座に就いたレトリックは当初領国の民から歓迎の意を以て迎えられた。

 しかし、彼の奇矯な性分が明らかになるのに時間はかからなかった。


 レトリックは先の大公により豊富に蓄えられていた宝物庫の半分の財を差し出し、大陸で三本の指に数えられる高名な大魔道師を居城に招聘した。

 魔道師には居城の一画に館が用意され、何事かの研究が密かに進められた。

 それが何であったのかは、数年後に民の知るところとなるのである。


 ある日、領内の辻という辻に高札が掲げられた。


「親愛なる我がすべての領民に告ぐ。明日の明け方を以て、我が居城および城塞都市ベルラは太古から復活した偉大なる魔道によりその結界のうちに収められる。そこは我が定める『法』のみが唯一の正道であり、それは何者であろうとも妨げることは敵わぬものとなる。さて、我は常々人生とは修辞的であれと考えていた。つまらぬ仁徳に縛られてはつまらぬ人生を終えることを座して待つのみである。我は古書に記されたの放蕩王に倣い、悪徳と享楽の園の再興を望み、ついにそれをここに成し得た。さあ、力と富を求めるものは我が城へ集え。求め、得よ。その資格あるものは大逆人であろうと拒みはせぬ」


 こうして、悪名高い「悪徳と享楽の園」城塞都市ベルラは誕生した。

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