「短編」宇宙六分儀に映らない僕ら。

たのし

第1話

「直人。今、流星通ったべ。」


「流れ星なんて、あれだろ。デブリが燃えたのなんだのの。宇宙の焚き火にわーきゃーするなよな」


俺、直人と友達の和也は良くこの河原でキャッチボールをしながら夜遅くまで話している。

同じ高校を卒業して、就職の道を選んだ僕らはこうして時々学生とはまた違う、ストレスの捌け口をぶつけ合っている。


「工場勤務は大変だな。汗しかかかん。昼の時点で作業着を絞ったら汗がジャバーっと出てくるだぜ。直人は実家継いでるから楽だろうよ。」


「バカ言うなよ。毎日生臭い魚と格闘だぜ。鼻の穴が臭いぜ。それに朝は早いし、休みなんて波次第なんだぞ。海に出れるかどうかで俺の休み決まるんだぞ。ブラックもブラックだ。」


俺達はこうして社会人と言う皮を捨てて学生の気分を味わった。


「和也。明日仕事だろう。もう帰ろうか。」


「そうだな。明日行ったら休みだから頑張るしかねーか。」


そう言って和也はグローブを僕に渡して手をヒラヒラさせながら帰って行った。


俺は壁に向かって10球ほどボールを投げた後、グローブとボールをリュックに詰め込み河原を後にした。


「また、流れ星だ。宇宙も焚き火が好きだね。」


俺は自転車に跨がり自宅りそのまま眠りについた。


「おい、直人。何時まで寝とるか。早う用意しろ。」

時計を見ると朝5時を過ぎていた。親父はもう漁から帰って来ていた。何度も起こしたらしいが起きないからと置いて行ったらしい。


「やべ。寝坊した。親父悪かった。」


首に巻いてあるタオルをギュッと握りそれを後ろポケットに丸めて入れた。機嫌が悪くなった親父の毎回のサインである。


「今日は荒れそうだな。」


俺は急いで身支度を済ませて漁港に向かった。

案の定目を吊り上げまん丸になった後ろポケットを従え親父は船頭さんに檄を飛ばしていた。


「皆さん申し訳ありません」


一通り謝ると最後に親父の所へ行った。

「悪かったよ。次から気をつけるから」


すると、親父は無言である場所を指さした。

「あれ、運んだどけ。」


見ると大きな発泡スチロールの山が重なっていた。中には沢山の氷が敷き詰められている。

持つと腰が悲鳴を上げそうなくらい重く、それに手の感覚がなくなりそうなほど冷たい。


それを50ケース以上運んだ。


終わる頃に船頭の三宅さんがやってきて「今日は親父は怒ってるな。あのパンパンに膨らんだ後ろポケット何とかして来いよ」っとビクつきながら言ってきた。


「無理ですよ。あーなったら夜一杯やるまでは口聞いてくれないですからね。一杯やった時に説教ですよ。気が思いやられます。」


「まー。今回は直人が悪いから仕方ない。お灸据えられてこい」


三宅さんはそう言うと船の掃除に向かった。


その日の夜。


「直人。座れ。」


始まったと思った。

頭に拳骨を一発貰った。


「大人が親から頭に拳骨を一発貰うのを恥と思え」


親父はそれからは何も語らず酒を呑んでいた。


俺は正座で痺れた足を庇いながら部屋に戻った。


「まだ、俺は18だ。大人じゃねーよ」


そしてスマホを見ると和也から着信が入っていたので、折り返した。


「何だ。和也。」


「俺、明日休みなんだけど今から暇ないか?」


「わりぃ。今日遅刻して今親父に怒られたばかりなんだわ。明日遅刻できねーからもう寝るわ。また今度にしてくれよ。」


「そうか。分かった。じゃ、また連絡くれよ」


電話を切り俺は明日に備え風呂を済ませ眠りについた。


段々仕事にも慣れ生活リズムが安定してきたころ、久々に和也に会うこととなり俺はいつもの河原へ向かった。到着すると和也は来ておりボーっと川の流れを見ながら何か考えている様子だった。


「おー。和也。わりー遅くなっちまった」


「んーだよ。遅くなるなら連絡よこせよ。黄昏ちまったじゃねーか」


和也は立ち上がりおしりをパンパンと叩くと俺に近寄ってきた。


「直人。なんか焼けたんじゃないか。トーストみたいだぞ」


「やっぱりそうだろ。毎日海に出てたら、もうこんがりよ。毎日ヒリヒリが収まらないぜ」


「そうだ。直人。お前にあげたいものがあるんだわ。ちょっと家の倉庫片づけてたら出てきて、なかなか古いものだが海に出る男には持っていて欲しい物だ」


そういうと、和也はバックから弧の計測器に小さな望遠鏡がついた重々しいものを僕にくれた。


「なんじゃこりゃ。望遠鏡で覗きでも始めようって魂胆か。俺、警察にお世話にはなりたくないんだが」


「ばかだね。宇宙六分儀だよ。なんか天文航法ってのを使っているらしくて、南極大陸で遭難したときにそれ使って助かった話とか載ってたんだよ。だから、海に出る男としては直人にもっててほしくてね。こうして重いけれどもってきてやったのさ」


「へー。でもよく見るとカッコいいじゃん。ありがとう。大事にするよ」


俺は宇宙六分儀をリュックに入れいつも通り和也とキャッチボールを始めた。和也は時々こうしてわけのわかないものを持ってきては俺にくれるのだが、そこにはいつも俺を心配してくれる彼なりのやさしさがあった。


それから、一週間後、和也は家族にも職場にも何も知らせることなく姿を消した。


~つづく~


-tano-

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