ごきげんようから始まる言葉の改革

ちびまるフォイ

厳選に厳選を重ねた使ってほしい言葉

「言葉だ! 言葉の雨だーー!」


空からは水滴ではなくさまざまな文字が降ってきた。

降りしきる文字は傘にあたると黒い水滴となってきえる。


文字が降ってくる妙な光景にはしゃぐのは子どもたち。


雨がっぱも着ずに外に出ると、降り注ぐ文字を浴びまくった。


「お父さん、〇〇ってなに?」


「な、なんでそんなおとなびた言葉を!? いったいどこで覚えたんだ!?」


「それより〇〇ってなに?」


「そんなはしたないこと言えるわけ無いだろう!」


「それって言論の自由を侵害してるんじゃないの?」


「それもどこで覚えたんだ!?」


空から降る言葉をあびると、その言葉が体へと浸透してしまう。

言葉をあびた人とそうでない人とでは語彙力に大きく差が出た。


これまで「やばい」で喜怒哀楽すべてを表現していた人も、

今となっては文豪や詩人に引けを取らないほど豊かな表現をするようになった。


国民全体の国語の点数があがり誰もがハッピーかと思えば、

国を治める首脳陣は頭をかかえていた。


「国民の言語表現力が言葉の雨で上がってしまっている……これはまずいぞ」


「それだけ聞くと問題なさそうに聞こえるが」


「大問題だ! 小難しい言い回しで煙に巻くこともできないし、

 間違った表現を使ったら即揚げ足を取られてしまうぞ。

 それに、差別的な表現も以前よりひどく使われている!」


「それはまずいな……」


「いったんすべての言葉を回収しよう。今は誰もが言葉を使いすぎている! 供給過多だ!」


首脳陣たちの団結により、一斉に言葉の回収がはじまった。


バカでかい掃除機のようなものを持って各家庭に回ると、

答えを聞く前にスイッチを入れてその人の持つすべての言葉を吸い込んだ。


「!? !!!」


言葉を失った人は自分の感情や相手への不満を表現することができなくなり、

玄関先に現れた言葉回収の訪問隊に言葉にならない声で叫ぶしかなかった。


「大丈夫です。心配しないでください。後でちゃんと再分配しますから」


そういうと国勢調査のごとくひとつひとつ回っては言葉を回収していった。

すべてを回収し終わると、国民の持っていた大量の言葉がたまった。


その豊富かつ多岐にわたる言葉の表現に首脳陣は驚いていた。


「こんなにあるのか……。さて、これからどうする?」


「このままでは庶民は言葉を使えないままだから、言葉を返さないと」


「それなら、返す言葉は選んだほうがいいな」


「たしかに。変な言葉を使われたら面倒だ」


部屋に返却用の注ぎ口が運び込まれた。

ここに国民から回収した言葉を入れると、雨となって外に降り注ぎ言葉を浸透させることができる。


「"ごきげんよう"はいるよな」


「え? いらないだろ」


「なんでだよ。庶民は"うっす"とか"ラーイ"とかで挨拶している。

 今度からはごきげんようにすれば丁寧な人格になるだろう」


「げきげんよう、だなんてお嬢様学校くらいしか使わないぞ」


「そこがいいんだろ!」


「お前の趣味で言葉を選ぶなよバカ!!」


「なんだこのハゲ! ごきげんようの価値もわからないのか!!」


スムーズに進むかに思えた言葉の選別は、

選ぶ側の趣味趣向が大きく出てしまうために大激論となった。


幾多の選別と淘汰を繰り返し、厳選に厳選を重ね、最後に残ったほんのわずかな言葉が注ぎ口に流し込まれた。


「これで庶民の言葉遣いは解消されて、お互いを思い合う素敵な世界になるだろう」


首脳陣達は安心して見守った。

注ぎ口に放たれたすべての言葉が雨となって降り注いだ。


言葉を失った人たちは全身に雨をあびて、注ぎ口に吹き込まれた言葉を得ていった。



その後。


「ごきげんよう」


「なんだこのハゲ!!」


人々は厳選されたわずかな言葉と、多種多様な罵倒の言葉を使うようになった。

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