第3話 青梅 梅岩寺

二  青梅の梅岩寺 平成九年四月四日


  四月に入ってから青梅に出向いた。


「花のガイドブック」に載っていた青梅の金剛寺が目当てだった。


ついでに駅近くにある梅岩寺にも枝垂桜があると書いてあったので


近いほうから回ろうとほんのついでのつもりで足を向けた。


駅から二、三分だったからである。


ところが小さな寺の入り口を塞ぐようにしだれているその枝に


私の目は釘付けになってしまった。


桜の枝がカーテンのように入り口に垂れ下がっている。


ピンクのカーテンである。


その枝をくぐらなければ境内に入れない。


圧倒されながらも、とりあえず向こう側から見てみたいという欲求で


枝垂桜のカーテンをくぐり向こうに抜けてまたびっくりである。


この樹が左側にあるとすると右側の山道にかかる所にもう一本


大きな枝垂桜の樹がある。


あっと息をのんだままで形容も出来ない。


細い枝のその枝の形もわからないほどの桜の花・花・花。


しかもみずみずしい生命力を感じる樹であった。


後から思い出すと此の時からである。


私が枝垂桜を描いて歩きたいと強く思ったのは。


この樹の形、この幹の伸び方、枝のしだれ方 花のつき方、花の色。


全てが何の遠慮も無く私の目から頭を通過し心を捉えてしまった。


惚れた・・・というのはこういうことなのかもしれない。


今まで見てきた桜はただ見ていただけで魅せられてはいなかったのを思い知らされた。


この先、こんな感動にあえるだろうか。


見ているだけで生命力を感じる。


生きるって素晴らしいと樹が言っている声が聞こえる。


スケッチブックを開く手が震える。


この感動を写し取れるだろうか。


早く描きたい。


でも、怖い。


今日は自宅から近いので大きめなスケッチブックを抱えて来ていた。


山道らしい細い道を少しあがってから入り口の方を向いてスケッチブックを広げる。


この位置なら邪魔が入らないと計算したのである。


大概の見物人は入り口の桜に満足して奥のほうにある樹は


少し眺めるだけで帰っていくからである。


スケッチブックを開き左のページにまず、根元から描き始める。


そこから幹、枝、しだれへと描き進め右ページはほとんどしだれた枝だけである。


細い枝が糸のように流れている。


しなやかで強い感じがする。


江戸時代に地方の小さな城に生まれたお転婆な姫様のような印象を受ける。


伸び伸びと育ち、美しく成長し始めた姫様のような花の色。


枝の先まで生命力が息づいているよとでも言いたげな細くて強そうな枝。


この先百年経っても、このまま咲き乱れていそうなぐらいの元気を感じる。


ずっとこの樹と対話していたいが現実の世界はそういう訳にもいかない。




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