第二話ー真珠湾港空襲

亜米利加皇国馬路亜洲 能北港 海軍総合艦隊司令部


「西朝との戦いは室町以来か」

 亜米利加皇国海軍大臣を務める飛鳥乃宮あすかのみや育人なるひと親王は、奇妙な感慨とともに髭を扱きつつ新聞を眺めた。

 海軍を退役後は悠々自適の日々を送るはずだった彼は、何の因果か海軍大臣の椅子にある。

 風雲急を告げる国際情勢を鑑みて、筒井康仁首相の組閣時に強く要請されたのである。首相ばかりか、内大臣を通じて今上陛下にまで内々に「お前が内閣に居れば心強い」と婉曲的に仄めかされては断れるものではない。

 趣味の釣りを楽しめる日々はだいぶ遠くなりそうであった。

 かつて現役の海軍軍人であった頃、彼は日本帝国に留学していた事があり、日本帝国には友人も多い。

 それだけに、戦争の勃発には彼も心を痛めている。


 眺めている新聞の一面には「真珠湾港、日本帝国に空襲さる」と大文字が躍っている。

 嘆息しつつ、彼は窓の外に視線を移す。


 そこには、亜米利加皇国が誇る総合艦隊、その艨艟たちが舫いを繋いでいる。

 船渠から出てきたばかりの新造戦艦群たちもその中にはある。

 ただ、真珠湾港奇襲を成功させた新時代の艦種、航空母艦はあまりに少ない。

 そのうえ、この艦艇は未だ本格的な参戦は控えている日本帝国の同盟国、大英帝国海軍の侵攻にも備えねばならない。

 豊かな工業力と人的資源を誇る米皇国といえど、太平洋と大西洋両面での作戦は避けたいところだった。

――いずれ、戦時急造艦艇で数を揃えねばならなくなりそうだな。

 暗澹たる思いを抱えつつも、育人親王はつい思ったことが口をついて出た。

「後醍醐帝がご覧遊ばされたらどう見られたかな。愉快にお笑い遊ばされたか、それとも復仇の好機と思われたか」

 東朝の祖を思いつつ親王は独語する。

 内心ではいかに祖先といえども、かの帝が現世にいないことを喜んでいた。

 敬意は持ちつつも遠ざけておきたい存在とは、いつの世にも存在するのだから。

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