第十話―南雲護衛艦隊、大西洋に在り

1946年12月8日 大西洋 アゾレス諸島沖


「酷い時化だな。大西洋というのは」


 南雲忠一中将は、合衆国支援の物資を積んだ船団を見て呟く。

 ようやく長く感じた夜が終わったが、鈍い灰色の波濤に太陽の弱い光が反射している。

 気象報告によれば、どうもこの時化は長く続くらしい。

 雨はしばらく来そうにないが、風はおそろしく強い。


 アメリカ人民共和国という強大な敵国との戦争(彼らはいまだにその戦争を内戦シビル・ウォーと呼んでいたが)のために、南部連合との国家承認を含む劇的な和解に応じた合衆国支援の船団だった。


 もちろんそれは、彼らが進んで行ったというよりも、日英同盟JUKSからの半ば脅迫じみた干渉があってのことである。でなければ19世紀以降不俱戴天の仇として争い続けてきた彼らが手を組むなどありえなかった。


 南雲とてその現実はある程度頭に入ってはいたのだけれども、どこまでも他人事であった。


 彼が司令官として率いているのは海上護衛総隊EF所属の遣欧護衛艦隊EEF


 アメリカ人民共和国海軍所属が誇る潜水艦隊から、地中海沿岸よりアメリカ本土へ続く海上輸送路を護る艦隊だった。


 もっとも、その多くはブリキ缶のような戦時急造型松型駆逐艦と、商船構造の護衛空母だった。


 とはいえ、潜水艦にとって手強い相手であることは確かだった。松型駆逐艦には英国からの技術供与で開発された曳航型音響探知装置ソナーが装備されていたし、護衛空母は転用された旧式機とはいえ対潜哨戒機を搭載している。


 かつて栄光の機動部隊を率いていた南雲が、何故このような場所でこのような部隊を指揮しているのか。


 インド洋でドイツ赤軍相手に空母を失ったとがでの露骨な降格人事だった。階級こそ下げられてはいないが、部署としては裏方である。

 おそらく、帝国海軍が彼に再び戦艦や正規空母を任せる日は来ることはないだろう。


 が、南雲は腐っていなかった。元より水雷屋である彼は、空母機動部隊も護衛艦隊も似たようなものと思っている節がある。

 そして、同時に塩気が抜けるよりマシと思っているらしい。

 彼は烙印のような失点を少しでも回復すべく、ひたすら執拗に潜水艦を狩り、牧羊犬のように輸送船を護ることで、海軍の表舞台に戻ることを実現しようとしていた。


「護衛空母『大鷹たいよう』、『蒼鷹そうよう』は対潜哨戒機を発艦。対潜見張りを厳とせよ」


 彼の命令を予期していたのか、ほどなくして旧式化した九九式艦上爆撃機を改造した対潜哨戒機、三式艦上哨戒機が発艦を開始する。

 今日も長い一日になりそうだった。 


#100文字の架空戦記

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