バイバイ遅咲きのキミ

 おれたちはたぶん、普通であれば仲のいい幼なじみだったはずだ。

 二日違いで生まれた、となりの家のあいつは、のほほんという言葉が人の形になったように穏やかで、つねにふんわりとした笑みを浮かべている。思ったことを何でも口にしてしまう、ウソのつけないおれは怖がられることも多かったけど、あいつだけはずっと、となりで笑っていた。

 たぶん、おれたちは親友になれた。あいつが、長命種じゃなければ、きっと。


 気づいたのは十五歳のころだったか。一年でニ十センチ身長が伸びたおれと、小二のときから変わらないあいつは、一緒に並んでいると年の離れた兄弟のようだった。

 ずっと一緒だと思っていたあいつとの、否定できない種族の違いをまざまざと見せつけられて、おれは動揺した。

「長命種はさ、同じタイミングで受験しないでほしいよな」

 高三の予備校帰り、友達がぽつりとつぶやいた。

「二百まで生きるあいつらなら、べつに現役で合格しなくたっていいじゃねえか」

 友人の合格率判定が、順調に下がっていることは知っていた。おれは何も言えなかった。


 差別はどこにでもあって、短命と長命の間にももちろんあった。

 いわゆるホワイトカラーの職はすべて短命種のものだった。「限りある人生を、より短いものに譲るのは当然だ」という論理は、不思議と誰もが否定できないようだった。

 寝ぼけた頭でも血まみれにならずにひげが剃れるようになったころ、ようやく声変わりしたのだと嬉しそうに報告してきたあいつに、おれは返事をしなかった。

 おれが声変わりしたのは十四のときだ。あの頃は、未来はすべてきらきらしていて、肩こりなんてまったく無縁で、怪我した場所がずっと黒ずんで残ってしまうこともなかった。


 きつくて汚くてめんどうな仕事を長命種に押し付けることを、いつしかおれは、ひどいと思わなくなっていた。

 おれだって、仕事でつらい思いをしてないわけじゃないし、それなら、すこしだってマシな方を選ばせてもらってもいいだろう。おれたちは、あいつらの二倍のスピードで老いて死んでいくんだから。

 気づけば町は、置きっぱなしのドレッシングみたいに、きれいに二層に分かれていた。同じ入れ物のなかで、おれたちはお行儀よく二つにわかれ、表層に漂うおれたちは、少しだって命の重いやつらの領分に踏み込もうとはしなかった。


 あいつに再会したのは、定年退職した次の日だった。お疲れ様、と渡された花束を、おれは地面にたたきつけた。固くしなびたおれの手をにぎるあいつの手は、剝きたての桃のように瑞々しい。

「嗤いにきたのか」

 おれはしわがれた声で言った。

「さすが、長く生きるやつらは余裕があるよな」

 あいつはまっすぐ伸びた背筋をかがめて、ばらけた花をゆっくりと拾い集める。

「そうだよ。ぼくたちにとって君らは、生き汚く生き急ぐ、哀れな生き物にしか過ぎない」

 センスもへったくれもなく、ぐちゃぐちゃのまま、あいつは花を輪ゴムで束ねる。

「でも、だからこそ、一緒にいられる時間が短いからこそ、ぼくは、その時間を大事にしたいって思うよ」


 包装が剥がれたままの、むき出しの切り花からは、青臭い水のにおいがした。学校帰り、別れがたくて家の前に座ってしゃべっていたときにむしった、生け垣の椿と葉と同じにおいだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る