国民皆作家時代
すべての国民に創作が義務付けられて久しい。
だというのに、彼女は頑なに何も生み出そうとはしなかった。
「あたしはすべての創作物を愛しているの」
五度目の出所の日、迎えに行った僕に彼女はそう言った。
「物語も、イラストも、音楽も映像も、すべてのものが大好きで、それらを味わうので精いっぱい。とても自分の時間なんてない。何度もそう言ってるのに」
創作の義務を怠ったことなどまったく反省していない様子で、彼女はいつも通りに憤慨している。
彼女の創作物への愛は誠実だ。大抵の輩は僕みたいに、義務を果たすためだけの意味のない文字や線を連ねた何かを用意している。創作物を納めるのは国民の義務で、怠ると役所からチクチクつつかれたあげく、最後には逮捕されてしまう。刑務所で描かされたという彼女の絵は、売ったら高値がつくほどに、惹きつける力があった。
「もったいないなあ」
僕が呟くと、彼女は顔をしかめた。
「本当の創作物は、なにものの模倣でもなく、なにものの欲望でもない、もっと自由なもの。こんなもの、コツさえ覚えれば誰でも描ける」
そう吐き捨てて、奪い取った絵画をびりびりに破く彼女には、持たざる者の妬みなんて一生、縁がないのだろう。
そんな、創作物と自分自身に誠実な彼女にも、ある日窮地が訪れる。
「創作者でないものからは、創作物を享受する権利をはく奪する」
新たに発表されたお上の方針に、彼女は絶望しただろう。創作をしなければ創作に触れる権利すらない。命よりも大切なたくさんの創作物を取り上げられて、無一文となった彼女へ、ぼくは条件付きで手を差し伸べる。
彼女が失った創作物を、ぼくはすべて買い戻した。広い一室を与え、衣食住を保証した。その代わり、半年に一枚、彼女は僕に絵を捧げる。
「本当に、こんなのでいいの?」
彼女が不安そうに差し出す五時間で描いた絵画は、僕には一生かけても作れない。
「もちろんだよ」
僕は笑顔で感謝を述べ、それからその絵を世界に向けて発表する。彼女の絵は僕の絵として、世界を塗り替えていく。
もちろん、この話は創作だ。義務の遂行のために、締め切り前の十分で書いたデタラメだ。いつも絵画だったのに今回の提出物が小説なのは、べつに特別な理由はなくて、ただ単に気が向いただけである。
僕には、絵画より小説家の才能の方があるかもしれない。絵筆はマヒしたように動かないくせに、文字はするすると生まれてくる。そうだ、きっとそうに違いない。
今度は、長編を書いてみよう。ミステリーがいいだろう。天才と凡人の、才能を巡るどろどろなミステリーだ。ネタにはきっと、困らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます