薄幸の姫と言祝ぎ魔術師

 ああ、あなたが担当なんですね。事情聴取。形式とはいえ、大変ですね。私の極刑はもう、覆しようがないでしょうに。

 え? 情状酌量? 

 なんとまあ、お優しいことで。ああいえ、皮肉ではないですよ。心から、そう思っているんです。本当に。


 どこから話しましょうか。やっぱり、あの日のことから? わかりました。

 ご存知の通り、あれは防げたはずの奇襲でした。隣国の王子と姫様の婚礼の儀。事前の諜報活動で、仕掛けてくる団体も、その方法も、すべて分かっていた。私が言祝ぐまでもなく、彼女は守られるはずでした。でも、そこすらひっくり返すのが、姫様の持って生まれた不運ですね。ほんと、笑ってしまうくらい不幸に愛されていた。あのお人は。


 太陽から生まれたような明るい方でした。それなのに、生まれたその日に国は大きな災害に見舞われ、王妃は亡くなり、乳母は病に倒れる。彼女の愛でた草木はすべて枯れ、口をつけたカップは次々と割れ、身に着けた宝石はきらめきを失う。

 落ちた髪を拾った侍女が、そのすぐ後に足を折ったと聞いたときは、さすがに言いがかりではないかと思いましたけど、私が来るまで地下牢に自ら引きこもっていたというのも納得してしまうくらい、彼女には悪い運がとりついていた。

 神がお与えになったその試練を祓うことはできませんが、私には、彼女の幸せを願う力があった。幸運なことだと思います。私の人生で、最大の。


 彼女が不幸に巻き込まれないように、私は毎日祈っておりました。

 だから、油断した。あの日、私は「彼女の望む道を進めるように」と祈ってしまったのです。「この結婚がうまくいくように」ではなく。誰が見ても分かる政略結婚に、私がいい顔をしていなかったのは、ご存知でしょう? 生まれながらの不幸を背負ってきた彼女には、どうしても幸せになってほしかった。結婚という運命が関与しない、人の手で変えられる未来なら、なおさら。

 彼女は結婚を嫌がってはいませんでした。むしろ、これでこの国が栄えるのなら、民のためになるのならと、自ら望んですらおりました。

 だから、この結婚はうまくいくはずだった。けれど結納の儀の直前、彼女は相手方に、心に決めたお相手がいることを知ってしまった。本当に、お優しいかたなのです。お優しくて、バカなお方だ。


 彼女は相手方に同情してしまった。引き裂かれた彼らに、哀れみを抱いてしまった。

 その結果がこれです。私の祈りは正しく作用した。彼女は彼らがうまくいくことを願い、私の祈りはそれを叶えた。事前の諜報も、当日の綿密な警備体制も打ち破るほどに、私の祈りは強力だった。結果、彼女は死んだ。


 私は罪に問われないでしょう。この国は、彼女のように優しくあまい。だから、あなたに祈ります。

 どうか、今聞いたことを忘れてください。

 私は姫様に邪な感情を抱き、隣国の王子に嫉妬して、この結婚を台無しにするために言祝ぎを怠った、狂った魔術師だと伝えてください。

 あながち、間違いではないのです。「結婚がうまくいくように」と祈らなかった理由は、彼女の幸せを祈るなんて口当たりのいいことを言っておきながら、十分そこには私情があった。十分、裁かれるべき過失があるのです。

 足を折って、消えない傷跡をあちこちに作り、それでも姫様の傍をはなれなかったあなたなら、分かるでしょう?

 あなたには、私をさばく権利がある。「不幸な運命のいたずら」なんて、言わないでください。私はそれを捻じ曲げて、彼女を幸せにするのが役目だったんですから。

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