うそつき機械医師とあまのじゃく患者
「いやー、大記録っしょ、おれ」
病床の上で、酸素マスク越しに彼は言う。
「今回は、何パー?」
「0.3%です」
私は合成音声をできるだけやわらかく加工して発する。
「けれど、前回の発作時の生存率は0.1%を切っていました。それに、わたしたちは、あなたにおいて、生存率を上方修正することにしています」
「つまり?」
真っ白な顔色にも関わらず、彼は笑う。歴戦の戦士が、窮地でなお笑うように。私は彼からアイカメラを逸らさず告げる。
「つまり、きみはまた、死なないでしょう」
すべての医療者は機械となった。死なず、疲れず、感染しない医師は、ほとんど神と同義だった。
それでも、死はやってくる。
スパコンが算出する生存期間は誤差二ヶ月という驚異的な精度だけど、目の前の彼はそれを何度も跳ねのけ、ここまで生き残った。私たちが共有する医療データベースにおいて、彼は外れ値として、すべての統計から除外している。分かりやすく言うと、『化け物』だ。
「そっかあ」
彼は私の言葉に笑みを深めた。
「先生に言われると、その予言、はずしたくなるなあ」
「何をバカなことを」
「生まれた瞬間、一歳まで生きられないって言われて、三歳のときには歯の生え変わりは無理って言われて、十歳のときは大人になれないって言われた。全部、ひっくり返して見せただろ?」
クセだよ、クセ。いや、生きがいかな。私のせいで、生粋のあまのじゃくになってしまった彼はそう笑う。私はそれに笑みを返せない。今回ばかりは、あまのじゃくになられては困る。
「今度こそ、あててみせますよ」
私は病室から出ると同時に、モニタ機器に意識をうつす。処置ボディはロッカーの中に。これでいつでも、対応可能だ。
稼働状況を確認すると、マシンボディをスリープモードに移行する。一患者一機械医師の体制がとれる病院でよかった。彼にはまだ、死んでもらっては困るのだ。
神は残酷だった。彼は回復しなかった。あらゆるバイタルは彼の命があと数分であることを示していた。電気を流し、神経伝達物質をぶち込み、酸素をいくら送り込んでも、彼の命はしぼむ一方だった。
「お願いがあるんだ」
彼はほとんど聞き取れない声で私に告げる。
「家族には、おれがまだ生きてるって言って」
「そのお願いはきけません」
「頼むよ。ここまで金をかけて、生かしてくれたんだ。それが無駄だったなんて、思わせたくない」
「機械はウソをつけないんです」
「ウソをつくなよ」
彼は一瞬だけ、メスの刃のような目で私を見た。
「ウソ、ついただろ。この前、生存率」
アラーム音のなかで、私は彼を見つめた。ばれていた。
「自分の体なんだ。もうだめってことくらい分かる」彼は責めなかった。「おれを生かそうとして、まだ死なないなんて言ったんだろ?」
アンドロイドはウソをつけない。けれど、機械医師は別だった。弱っている患者に、バカ正直に余命を宣告する医者がどこにいる?
私たちは自らの医療倫理に照らし合わせて、必要であればウソがつける。開発者でもごく一部しか知らないはずの、トップシークレットだ。
「頼むよ、先生」
彼は笑った。それが最期の言葉だった。
彼の生体データから合成した3Dモデルは出来がよく、画面越しの家族は、彼の生存を微塵も疑わなかった。
「ありがとうございます」
私は事情を勘案してくれた開発者に頭を下げる。
「こんな精緻なダミーを作ってくださって」
「家族が疑わなかったのは、お前の記録していたあの子のパーソナリティのおかげだ」
開発者は肩をぱきぱき鳴らしながら、私の言葉を遮った。
「通常の五倍量の人格データを積んだからな。オレだって自分で作らなきゃ、人だと疑わなかった」
ずっと、彼のそばにいたんだな。開発者が、まるで子どもをほめる親のように私の頭をなでた瞬間、限界がきた。限界ギリギリまで詰め込んだHDDがショートし、連鎖反応を起こして、あらゆる接続回路がエラーを起こし始める。耐久重量以上の荷物を積めば、車は壊れる。何度もサーバーに下ろせと警告された彼のデータを、結局私は手放せなかった。でも、これでいい。「大記録だな」と告げる開発者の言葉がログと重なって、パッと光って真っ暗に消えた。
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