板を踏め

 ある日突然、声が消えた。

 画面越しのアイドルとして、にこやかに話していた俺の姿は、ぱくぱく動く口と、下に流れるテロップは変わらないのに、音だけが出てこない。理由はすぐに分かった。俺の声を担当していた声優が、降板になったらしい。

 おいおいおい。俺は焦った。一週間後から人気投票始まるってのに、何やってくれてんだよ!


 不名誉なニュースは、意図せず俺の名前をトレンド一位にしたけれど、そのほとんどがドン引きって反応だったから、炎上商法は狙えなさそうだった。

「災難だったね」

 ムカつく声に振り返る。俺と人気を二分してるライバルが、愉快さを隠そうともせず笑っていた。俺は悪態をついたけど、もちろん声は出るはずもない。

「まあ、新曲はぼくに任せて、きみはゆっくり休みなよ」

 一方的に勝利宣言をして去っていくライバルの背を、俺は歯ぎしりしながら見送る。くそっ、あんな陰険野郎なんて、後釜の声優さえ決まれば、あっという間に追い越してみせるのに。

 俺はそれだけを祈って待つけど、俺の声は結構クセが強いらしくて、なかなか後任は見つからない。

「なんで違法賭博なんてしたんだよ」

 俺は俺の声優を祟りにいった。すべての仕事を干されたそいつは、せまいワンルームで膝を抱えてボケッとしていた。

「きみには分かんないよ」そいつは言った。

「お膳立てされた幸せがあるきみには、現実のつらさなんてわかるはずもない」


 確かに、次元の違う俺に、あいつの苦しみは分からない。けどそっちだって、声を奪われた俺の苦しみは分からないだろ。俺はそいつを見限って、なんとか声なしでキャラを立てる道を探し始める。アイドルゲームのキャラクターである俺にとって、歌えないのは致命的だった。

 アイドルを続けるのは不可能だ。なら、マネージャーになればいい。もともと陽気なムードメーカーキャラだった俺は、不慮の事故で声を失い、やむなくメンバーのマネージャーとなるシナリオを用意してもらう。ギャップと健気さに萌えてくれ。

 俺の願いもむなしく、そもそもそのイベントすら稼働率はがた落ちで、ゲーム自体の立て直しに翻弄するスタッフは、俺のことなんてもう見向きもしない。


 ここまでか。そう思ったそのとき、再び俺の名前がトレンドに上がった。俺だけじゃなくて、ライバルのあいつまで一緒に。

 なんだ?

 俺はリンクを飛び、ニュースサイトにたどり着く。

『再起の絆 きっかけは人気ゲーム』

 見出しの下に、俺の声優と、ライバルキャラの声優が肩を組んで写っている。

「最新シナリオをクリアして、やっぱりオレにはこいつがいなきゃダメだって思ったんです」

 いけ好かないライバルキャラと違って、いたく誠実な姿勢でそう語る声優は、悪事を働いた俺の声優の保証人になってくれるらしい。

「降板を取り消してください」

 ぐしゃぐしゃに泣きながら、ペナルティを課せられながら、「それでも戻りたい」と言ったあいつを見た瞬間、声が戻ってきたのを感じた。

「少し休んで、一層いい声になったんじゃない?」

 ライバルは、ステージの上で俺を見ている。

「次のソロはもらったな」俺はすこしだけかすれた声で吠えると、痛いくらいまぶしいステージに躍り出る。

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