グレイヘアで笑って

 童顔のくせに若白髪が多い彼女は、いつもおびえたように帽子を手放さない。

「仕方ないじゃない、染めたってすぐ色、抜けるし」

 恥ずかしそうに頭を押さえてうつむく彼女の顔は、広いつばの影になってよく見えない。「脱色だって、仕事的にできないし。仕方ないじゃない」

 わたしは思い立って、髪を灰色に染めてみた。いわゆる、グレイヘアってやつだ。美容師さんにも褒められた髪をさっそく彼女に見せに行くと、彼女は呆気にとられたあと、激怒した。

「バカにしてるの?」

 怒られる理由がわからずおろおろするわたしを見て、彼女はさらにヒートアップする。

「ぜんぜん似合ってないっての! もう近寄らないで!」


 そっぽを向かれたわたしがとぼとぼ道を歩いていると、とつぜん声を掛けられる。断るのも面倒で、はいはい言ってたら、スナップ写真を撮られた。

 彼女に貶されたこんな髪のわたしを撮るなんて、趣味の悪い。

 逆に興味がでてきたわたしは、掲載されるという雑誌を買って驚く。「時代はエイジングメイク」とでかでか銘打たれた雑誌は、老け顔メイクの流行を煽っていた。

 いくらなんでも、と思っていたのに、世の中案外単純で、町のあちこちでグレイヘアがはやり出す。二十代で髪を灰色にした同僚は、「ナメられなくていいですよ」と笑った。

 なるほど、化粧が社会で働くための武装なら、あえて年嵩に見られるようにするのもいいのかもしれない。

 くすんだ口紅に、目じりのシワがもてはやされ、妙齢の女性の年齢は、ますますベールに包まれる。急激に変わった街中の様子に、わたしはほんの少しだけ期待した。もしかしたら、これで彼女も気兼ねなく、自由な格好で外に出られるんじゃないだろうか。


 果たして現実は甘くなくて、彼女は「あんなファッションと一緒にしないで」と、つんと冷たく一蹴する。ごめんねと謝るわたしと、それでも一緒にバナナジュースを飲んでくれるくらいには機嫌を直してくれたけど、小さな頭の上にはやっぱり、つばの広い帽子があった。

 だめか。

 そのとき、わたしの無念に共感してくれたみたいに、風が帽子を吹き飛ばす。あわてて追いかけていった先で、拾ってくれたのは小さな女の子だった。

「お姉ちゃん、その髪」

 彼女がはっと足を止めて、わたしは思わず少女の口を手で押さえたくなった。空気読んで! もちろんそんなオトナな事情はまったく知らず、少女は無邪気に笑う。

「黒と白できれい。ピアノみたい」


 強い風の吹く岬に立ち、長く伸ばした髪を遊ばせている彼女はきれいだった。「帽子が飛んじゃうところには絶対いかない」と言っていたころがウソみたいだ。

 のびのび天をあおぐ彼女の笑みはひどくやわらかい。よかった。本当によかった。

 心からそう思う。だから別に、わたしの慰めやもろもろの努力があの少女の一言に負けたなんて、そんなことみじんも思ってない。

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