グラデーションの狭間で

 目が何となく引っ付いた感じがして、口の中が乾燥している。ぼやけた視界には頼らずもう幾度となく繰り返した道を歩いた。コンタクトは入らなかったので一昔前の眼鏡。鼻のところが曲がって少しかゆい。

 かたかたと鳴る靴と集団にのりおくれた雀の声。サイズの合わない靴が鬱陶しい。


 丁度グラデーションの境目。

 まだ起きてくるには少し早くて、今から寝るにはちょっと遅すぎる。犬の散歩をするおばさんも、あるってるおじいちゃんも、帰宅するサラリーマンも流石にいない。凪のように静まり返った空間に一人だけ取り残されている。

 いや正確には車は通ってる。中の人が見えないスピードで走り去っていくのを横目に大通りを渡った。一人ではない。そんなことくらい普通に知っているし、分かってる。すうと胸に寒気を感じて、スマホを開いた。

 大海原はどこも凪いでいて澄んでいる。肌寒さと歩いたことで火照り始めた肌がごわごわとする。背骨を舐めるように空気が通り抜けて、足がピリピリと痛む。なんて不快なんだろうか。踵を返して布団に潜り込みたい。

 ふと甘い香りが漂った。

 駅が近くなって時間も進んで、音が増えている。視界がくすんでいるのはやっぱり度のあってないレンズのせいで、寒いのは今日が吹き抜けの綺麗な晴れだからだ。晴れた日の朝は肌寒い。

 今日が追っかけてくるのを甘んじて受け入れながら時計とにらめっこする。残り5分。

 一日の境界線の上でパン屋は私を飲み込んだ。

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