第23話 典翁と直公

 典翁ははなおか座の芸人で、芸は喋りである。


 他の芸人の前口上や幕間を繋いだりする他、旅先で見聞きした事を面白おかしく話すのが芸である。

 ただ玉にキズなのが、話し始めたら止まらない。とにかく止まらない、前口上が長過ぎてなかなか始まらないとか、幕間のつなぎなのに自分の番のように話し続けたり、自分の出番ともなれば話続けすぎて後の芸人の出番を潰したりしてしまうのだ。


 昔、さくら姫が客として行ったとき、典翁の話を最初は珍しくて面白いと聴き入っていたが、いつまでたっても終わらなく、平助や林太の芸が見れないと怒って早く終われと野次を飛ばしたことがある。さくら姫が眉をしかめたのはそういう訳である。


 林太から大いくさの話を聞きたいと言われた座長は、


「確かに典翁の出番のようですな。よろしい、今からひとっ走り行って連れてきましょう」


「大丈夫なのか、その……長くならんか」


「なあに大丈夫ですよ。実は旅先で子供をひとり拾いましてな、それと組み合わせたら典翁の芸が一段上がったのですわ」


「子供じゃと」


「話すより見たほうがはやいです。じゃあちょっくら行ってきます」


 言うが早いか、一礼すると座長は立ち上がって出ていった。


※ ※ ※ ※ ※


 小半刻後、座長小柄で白髪頭に白髭をたくわえた老人と、生意気で活発そうな十くらいの子供を連れて戻ってきた。


「姫様、典翁と直公です」


「なおこう? 」


「直って名前なんですが、喋りのとき言いづらいってんで、公を付けました」


「姫様? 」


「直公、こちらは白……」


「直公とやら、わたしは さら、さらと言う名前だ」


さくら姫が慌てて話を遮った。が、お喋りの典翁が要らぬ言葉を続ける。


「直公、こちらは白邸城の領主、瀬鳴家の姫のさくら様ではなく、こちらの元武士で瀬鳴五家臣のひとつ、秋家の元嫡男の秋康之進、いや今は元秋屋の主人、康之進様のところで働いていたという建前の、さらという娘だ」


「え、お姫さまなの 」


「典翁!!」


「姫様、いや、さら様、ご無沙汰してます。いやぁ見違えました、出会ったのは十くらいでしたか、あの頃はお転婆を絵にかいたような小娘だったのに、まあまあ立派になられて、まるで芋虫が蝶々になったようです。あの頃の姫様、いや、さら様といったら……」


バシッ!!


突如、典翁の後ろ頭から大きな音が出た。

直公が背中に隠し持っていた、なにやら大きな扇子みたいなもので、典翁の後ろ頭を叩いたらしい。


「典じい、いい加減にしなさい。すいませんでした、さら様。あとでキツく叱っておきます」


さら様がさくら姫だというのをさらりと流して、直公が笑顔で話す。それをみて感心する。


「なかなか賢い子のようだの」


さくら姫の言葉に、座長がこたえる。


「あのように典翁が余計なことを言ったり、話をあらぬ方へいったり長引いたりすると、直公が叩いて止めさせたり話を戻すようにしたら、上手いことまとまるようになりましての。そのお蔭で芸が一段上がったのですわ」


「あの典翁を張り倒したモノはなんじゃ」


「儂が考えたものですが、大きな紙を山折り谷折りして、それを半分に折って折り目を紐で縛りました。あれで叩くと大きな音はするけどそれほど痛くないのです」


「ふうん、直公、ちょっと貸してくれぬか」


直公から受け取り、自分の手や肩をぱんぱんと叩いてみる。


「なるほど、面白いものだな」


「大きな扇子のような形と張り倒すのためのものですから、ハリセンとよんでます」


さくら姫はハリセンを直公に返す。


「典翁、最後の大いくさについて話せるか」


「最後の大いくさですと、話せるも何も儂は見に行ってましたとも。それはそれはたいそう面白い見物でした。なにせ……」


バシッ!!


「話せます」


直公にハリセンで叩かれて口をつぐみ言い直す典翁に、これはやりやすそうだなとさくら姫は訊ねる。


「大いくさを見に行ったとはどういうことじゃ」


「姫様、いや、さら様はお若いからご存じないでしょうが、侍の戦というものは、戦わない者たちにとっては、ただの見世物なのです。ですから、ワシのほかにも沢山の者が見に来ていましたよ」


「座長も行ったのか」


「まさか。血走った侍がいつ襲ってくるか分からない命懸けの見物ですよ。巻き添えになりたくないので行きませんでした。ああいうのは下手すると侍たちに切り殺されますんでね」


座長は呆れ声でこたえる。


 実際、座長は典翁が見に行くというのを止めたのだが、それを聞き入れずに行ってなんとか生きて帰ってきて、ああ面白かったとあっけらかんと言った典翁に、その時も呆れたのを思い出していた。


「ふむ、見てきた者の話なら間違いないだろう。典翁、話してくれ」


「では、どこから話しましょうか」


「最初から話してもらおうか」


「わかりました。では」


下座の真ん中あたりに座り、直公がその横に座る。縁側寄りに元秋と座長、奥側に平助と林太が座り、典翁がえへんと咳払いすると話しを始めた。

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