第22話 はなおか一座

「失礼します、お茶をお持ちしました」


 障子の向こうから声をかけたのは、元秋屋の主人、元秋屋康之進もとあきややすのしんであった。


「元秋様、すいません」


 林太がそう言いながらがお茶を受け取り、さくら姫と平助にくばる。三人は一旦話を打ち切り、茶を飲むことにした。

 障子を開けたので、外からにぎやかな音がとどく。


「繁盛しているようじゃな、元秋。さすがじゃな」


「いえいえ、この元秋屋は姫様のお蔭で今があるのです。私の力だけではございませぬ」


 元秋屋は城の近くにあり、さくら姫が城を脱け出し外に行く前に必ず拠り、着替えていく。さくら姫御用達の商家である。


 しばらく昔話に花を咲かせていると、ふとさくら姫が思いつき、康之進に訊いてみる。


「元秋は、[最後の大いくさ]に出陣しているのか」


「私めでございますか、あれは二十年くらい前でしたから、まだ元服前でしたね。たしか十二くらいでしたか。戦姿の父上に、家を頼むぞと両の手をしっかり握られたのを憶えてます」


 そのくらいの歳では、なにも分からないだろう、さくら姫のがっかりした顔が出たのか、どうしたのかとが訊ねる。


「姫様、何が訊きたいのです」


「いやちょっとな、あの大いくさの事を知っている者はいないかと思ってな」


「う~ん、たしかに私めにもよく知りませんな。店の者も私より若い者ばかりですし……」


 康之進が申し訳無さそうにこたえた。


 空いた障子の向こうにある庭に目を向ける。深緑になりかけの庭木が薫風に揺らいでいる、もうすぐ田植えが始まるだろう、城外にある田んぼの水の匂いがかすかに鼻をくすぐった。

 人の楽しげな声が大きくなった。どうやら店の催しものが始まったようだ。康之進は障子を閉めようとすると


「風が心地好いからそのままでよいぞ。賑やかな声ではないか、今は何をやっておるのじゃ」


「ありがとうございます、小さな舞台を造りまして、そこで若手の娘に芸をやらせてます。拙いのが不思議と受けまして男衆も女衆も観に来ています」


「ふうん、相変わらず次々と考え出すの」


「失礼します」


障子の向こうの縁側から、番頭のおゆいが声をかけた。


「旦那様、はなおか座の座長が挨拶に来ておりますが、いかが致しましょう」


「おお、そうか。今日あたりに来ると言ってたな」


「座長が」


 平助と林太が顔を見合わせる。さくら姫が思い出したのように言う。


「そうか、はなおかか。久しぶりに顔を見たいな。元秋、こちらに呼べ」


 康之進が番頭に申しつけると、番頭はいったん引っ込み、しばらくして男を一人連れて戻ってきた。

 縞の丈夫そうな着物に黒の帯、縁側で正座し頭を下げている三十くらいの男をおいて番頭は引っ込み、男は縁側より座って挨拶をはじめる。


「元秋屋の旦那、はなおか座の座長でございます。またしばらくこちらで一座を開く事になりました。よろしくお願いいたします」


 頭を下げたまま口上をあげる男に、さくら姫が声をかける。


「はなおか、久しぶりじゃの」


 その声に頭を上げると、目にした光景に困惑した。元秋屋の主人が下座に居て、上座に町娘姿の若い女、その間にこちらを向いて二人の手代風の若い男が座っている。


「どうしたはなおか、わらわの顔を見忘れたか」


「え、あ、姫様!! ははぁ」


 さくら姫に気づいた華岡は、驚きのあまり大袈裟に這いつくばるように頭を下げた。


「大概にせい、お主がそんな殊勝なタマか」


 さくら姫の言葉に、座長は顔を上げ笑いながら胡座をかく。浅黒く世間ずれしたその顔はふてぶてしさがあふれていた。


「へへ、姫様、ご無沙汰しております。お元気そうで何よりですな。平助と林太は役に立ってますか」


「まあまあじゃの」


「よくやってくれている、流石だと言ってます」


康之進が言葉を助ける。


「座長、久しぶり。元気そうですね」


「座長、ご無沙汰してます」


「平助は変わらんな。それに比べて林太はだいぶ侍らしくなったようだな」


座長の言葉にふたりはぺこりと頭を下げた。


「何年ぶりかの、何処へ行っておったのじゃ」


「あれから東に下って江戸まで行ってました。毎度毎度思いますが、土地土地の受けるツボが違いまして今日受けたのが明日は受けない、そうと思いきや受けなかったのが受けたりする、いやいや芸の道は厳しいですわ」


「ほう、そういうものか」


「東海道で下ったので、今度は中山道で戻り、昨日鵜沼宿に着いて、先ほど此方に着きました」


「一座の者、みな息災か」


「ええ。誰もかわっておりません、それどころか旅先で拾ったヤツまでいるくらいですよ」


それきいた途端、林太が思い出したように言う。


「のりおう 」


「あ、典翁のじいさん 」


 続けて平助も言い、それだと顔を見合わせる。


「どうした、ふたりとも」


座長が驚いて聞き返す。


「座長、典翁の爺さんて、まだ居るの」


「ああ、まだというかますます元気でやっているよ、それがどうした」


「姫様、典翁の爺さんなら大いくさの事を知っているかもしれません」


「典翁というと……あのおしゃべり爺さんか、確かに知ってそうじゃな。しかしなぁ……」


さくら姫はちょっと眉をしかめる。

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