第14話 寺社奉行 眞金泰成

「なんだぁ貴様」


奥から出てきたのが、小柄の武士か男か女か何なのか分からぬ者に、太田は奇妙な顔をして睨みつける。


「お主ら、あの場所の事を知っているのか」


さくら姫の問いに、眞金の目が鋭く光り、太田の顔がひきつりかける。


「貴様、あの場所に入ったのか」


 太田の言葉に、おお とこたえかけた さくら姫の声を大声でさえぎるように、


「いえ、入っておりませぬ。ただ森に通じる道すじを見ただけです」


クラはこたえた。


 眞金は小屋の中に入り、さくら姫の前に立つ。そして確かめるようにじろじろと見て、


「……ひょっとして、お主、女か」


この無遠慮な言葉に、さくら姫がむっとする。


「貴様どこに目をつけておる、ひょっとせんでも女子おなごじゃ」


 その剣幕が可愛らしく感じたのか、眞金は笑いながら、すまなそうになだめる。


「ははは、すまんすまん。名はなんと申す」


「まず、そちらから名乗らんか」


「先ほど名乗ったのだがな。その勇ましさに免じてもう一度名乗ろうか。

 寺社奉行に務めている、眞金泰成まがねやすなりという。見知りおけ。一応奉行をしておる。で、そちらは」


「城下町白旗通りにある元秋屋の娘、さら様でございます。手前は手代の平助といいます」


 さくら姫の代わりに、奥から出てきた平助がこたえて頭を下げる。


「元秋屋とな。何を商っておるのだ」


 これにこたえたのは、平助でなく太田だった。


「ほほう貴様、元秋屋の娘か。なるほどな」


 太田はにやにやしながら、さくら姫を見る。


「知っておるのか、大田。元秋屋とやらを」


 太田は無遠慮にさくら姫を見ながら、眞金に耳打ちをして教える。眞金はふんふんと頷きながら黙って聞くと、


「ほお、元秋屋とはそんなところか。なるほどな」


と、あらためてさくら姫を見るのであった。


「……目の前での内緒話は愉快ではないな」


さくら姫は膨れっ面ですねるように言う。


「いやいやすまぬすまぬ。なるほど、それでそのような姿であったか。あと刀さえ帯びれば美剣士役で看板をはれそうだの」


 眞金の言葉に、さくら姫は紅くなる。


 言い返そうとした時、馬が近づく音が聞こえてきた。


「お、田中の奴、帰ってきたな」


太田が外に出て迎えにでる。


「まったく、無理して馬に乗らんでもよいのに……」


ぶつぶつ言う太田のところに、馬がやって来た。


 戸越しに見えた光景に、さくら姫は思わずふいてしまった。

 小太りの小男が、馬にしがみついている。足が届かないのであろう、切った竹を継ぎ足してあぶみに届かせていた。そのため馬が上手く扱えないのだろう、太田が馬の手綱をとり、馬を抑えている。


「お前、いい加減に馬変えろよ。毎度毎度俺がとめてやるわけにはいかないんだぞ」


「だって、俺の体に合う馬がいないんだもん」


「仔馬にしろ仔馬に。それなら乗れるだろ」


「仔馬だっていつか大人の馬になるだろ、結局同じだよ」


「ったく」


 太田にとめてもらい、なんとか田中は馬から降りることが出来た。二人のやり取りを、さくら姫は笑いをこらえながら見ていた。


 田中は眞金の前に来ると報告する。


「御奉行、たしかに結界が切れておりました。急ぎ直さないと日が暮れてしまいかねません」


「わかった、すぐまいろう」


 眞金は、さくら姫達の方を向き、


「急ぐ用が出来たので無礼するぞ。クラとやら、後でまた話を聞かせてもらう。それと、さらと申したな」


眞金は、さくら姫の方を見ると笑顔で話しかける。


「また話をしよう」


そう言うと、外に出て二人に下知する。


「太田、田中、急ぐぞ。日が暮れる前に結界を張り直す」


「「はっ」」


眞金は馬に乗ると、すぐに走り出した。


「「御奉行、お待ちを」」


 太田が田中を馬に乗せる手助けをして、田中が走り出す。それから太田が馬に乗りついていった。

 太田と田中の乗馬姿に見いってしまっていたので、さくら姫は三人がいなくなってから結界の話を聞きそびれたのに気がつく。


「あの二人、いつもあんな風なんですかねぇ」


 同じく見ていた平助が、ぽつりと言った。それと同時に空を見て日の位置を確かめると、


「姫様、こちらもそろそろ帰らないと間に合わないかと」


「もうそんな時分か。うーん、しかし……」


 いろいろと未練があるので帰りがたい。

 だが、帰らないと困るのもたしかだ。さんざん悩んだが、しぶしぶ帰ることにした。


 二人ともクラに今日の礼を言ったあと、さくら姫はしぶきに乗り駆け出し、ヘイスケが行李を担いで追いかける。その姿を見送りながらクラはつぶやいた……


「あれが、さくら姫であったか。なるほど、あの方の言われたとおりであったな……」


 クラも戸締まりをしたあと、さくら姫達を追うように歩きはじめる。


※ ※ ※ ※ ※


 ──某所の部屋で男がひとり呟いていた。


「なんという僥倖、なんという悦び、まさか、まさか、あの御方の捜し求める女がいたとは。

 [でく]をつかって捕まえそこなったのは残念であるが、いるのがわかったのは幸いだ。結界を張り直されたがあの程度、いつでも破れる。それよりはあの女を見つけださなくては……」


しばし黙って手段を考える。


「罠を仕掛けてかかるのを待つか……いや、まどろこしいな。ならば……」


 男は手段を決めると、それを伝えるために部屋を出ていった──。

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