第一章 白邸城と城下町
第11話 鍛冶屋蔵人
──半刻後、クラこと鍛冶屋蔵人の小屋にふたりの男が倒れていた。
ひとりは小屋の主クラで、静かに寝息を立てている。
もうひとりは平助こと高見平蔵で、こちらは今にも死にそうな息づかいで、ぜえぜえ言っている。
「にいさん大丈夫かい、 ほら、水だよ」
ナカが湯呑みを差し出すと、平助はなんとか起き上がり水を飲む。
「か、かたじけない」
とだけ言葉をだせた。
まだ飲み足りないとみたので、ナカはまた水を渡す。それもあっという間に飲み干した。
「よっぽど、喉が渇いたんだねぇ」
「えっと、ナカさんでしたっけ? すまないけど、もう一杯ください」
はいはいとナカは水瓶に水を汲みにいく。
その様子をさくら姫は壁に持たれて腕を組み、立ったまま見ていた。
クラが気を失ったあと、起こそうとしたが目を覚まさない。
仕方ないので行李をしぶきに乗せてさくら姫は歩き、平助がクラを担いで小屋まで帰ってきたのだ。
自分の三人分はあるだろうクラの身体は、無尽蔵ともいえる平助の体力でもさすがに重く、小屋につく前に力尽きたのだが、さくら姫に尻を叩かれてなんとか辿りついた。
小屋には女がおり、中村のナカと名乗った。クラに頼まれて留守を預かっていたそうだ。
三杯目の水を飲んで、ようやく平助は落ち着いた。それをみてナカは訊ねる。
「あんたら、クラさんとはどういう間柄だね」
「クラさんの納め先の店の者だよ。今日は仕事を頼みに来たんだ」
「ああ、あんたらが刀鍛冶を頼みに来た人たちかい。クラさんが ことわったっていう」
その言葉に、さくら姫は刀鍛冶を断られたのを思い出した。
「そうなのじゃ、クラめ、せっかくの仕事を断りおってからに」
「しかたないわよ、クラさんは自分の刀のせいで、身内を亡くしたと思っているんだから……」
「女房どの、クラが刀を打たぬ訳を知っているのか」
と、さくら姫が訊く。
ナカはクラが寝ているのを確かめてから、話はじめた。
「クラさんからとびとびに聞いた話だけどね、クラさんは壱ノ宮領の出なんだと」
「壱ノ宮領、隣じゃな」
「そうそう。そっからこっちの白邸領の鍛冶屋に弟子入りしてね、それで一人前になったから、身内をこっちに呼ぼうとしたんだけど、ほら昔あったじゃない、
「……ああ子供の頃にあったな」
「十年くらいになるかねぇ、
平助が暗い顔つきになる
「ああ、おぼえているよ。
「クラさんは無事だったんだけど、身内が流されてね、水が引いてから壱ノ宮に探しにいったんだけど、駄目だったらしいよ。お父とお母の
ナカはしんみりと言う。
「たしかに気の毒な話じゃが、それと刀鍛冶とは関係なかろう」
「刀は人切り包丁だろ、クラさんは自分が打った刀が人をたくさん殺した、だからその
ナカがそこまで言うと、
「妹たちは亡くなってない」
という言葉が聞こえた。
「起きていたのかクラ」
「途中からの。ナカさん、ありがとう。与作さんとおたえちゃんが心配しているだろうから、もういいよ。あと、頼んだことやってくれたかい」
「ああ、やっといたよ。そうだね怠け者のろくでなしだけど、心配してるかもしれないからいくね。それじゃ」
ナカは、さくら姫達に頭を下げて帰っていった。
クラはナカを見送り、離れたのを確かめ戸を閉めて、さくら姫達に控える。
「さくら姫様、高見どの、今までの御無礼、御容赦くだされ」
と、頭を下げた。
「いや、こちらも名乗ってなかったからの、仕方ない。頭を下げなくてもよいぞ」
「いやしかし」
「それよりも今までどおり、クラ、平助、さらの仲にしてくれぬか。その方がよい」
「そうだよ。俺もおっさん、平助の方がいい」
クラは二人の目を交互にじっとみる。その目には、下の身分にたいするあの独特の蔑んだり優越感を持つ目ではなく、いつものさくら姫と平助の変わらぬ態度の目であった。
「わかりました。さら殿、平助」
クラのその言葉に自然と笑みが浮かび、三人は笑いあった。
ひとしきり笑うと、あらためてさくら姫が訊く。
「クラ、先程の件はどうしても話せぬか」
クラは神妙な顔となり、
「申し訳ありませぬ、たとえ姫様でもお話し出来ませぬ」
「そうか」
無理強いはすまい、クラほどの者が言えぬのなら何かしらの余程の理由があるのだろう。さくら姫はそう思い諦めることにした。
「それならクラ、せめてお主がなぜ刀を打たぬのか教えてくれぬか」
「いやそれは……わかりもうした。ですが楽しい話ではありませぬよ」
と、前置きしたあと、クラは自らの話を語りはじめた。
※ ※ ※ ※ ※
──蔵人は三十と四年前、物売りを生業としているふた親の間に生まれた。
その頃は日の本が天下統一される前の、のちに[最後の大いくさ]と呼ばれる史上最大の合戦が行われる前で、まだ店をかまえるものはまだ少なく、店をかまえても、焼かれるか壊されてしまうので、彼方此方を歩いて物を売っているのがほとんどだった。
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