第5話 黄昏の森に蠢く 二

 その時、追いついた平助が男を後ろからさっきのお返しといわんばかりに蹴飛ばした。

 男は前のめりに倒れ、その上をわざと踏みつけてさくら姫の前に来ると振り向き構える。


「姫様、無事ですか」


「うむ、大事ない。それよりこ奴らじゃ」


「たしかにおかしいですね、逃げますか」


「いや、逃げぬ」


平助はしまった と思ったが、もう遅かった。


 さくら姫をちらっと見ると、その目はやる気で満ちていた。負けん気の強いさくら姫は、逃げるのを極端に嫌う。逃げようと言われれば必ず意地を張るのだ。


「いいか平助、姫様には逃げるなんて言うなよ。先ずは様子見の為離れましょう、というんだ。そうすれば下がるから」


 兄貴分の林太にそう言われていたのに、つい忘れてしまった。


 さくら姫の意志は変わる気配がない。

 ふう とひと息ついて、平助は覚悟を決めた。


 先ほど踏みつけた男が起き上がり、後から来た二人と合流した。


三人か、なんとかなるなとそう思っていた矢先に他の小屋から幾人かぞろぞろと出てくる。



 おいおいまだいるのかよ、ひいふうみい…全部で九人か、ちょいと多いなと思いながらあらためてさくら姫を見るが、相変わらずにやる気でいた。


 この人数でも引かぬか、しょうがないとくすりと笑い、平助もやる気になった。


「いつもの手でいきますか」


「うむ。平助、わかっておるな」


「わかってます。殺すな、懲らしめるだけだ、でしょ」


後から来た六人もだんだん間合いに入ってくる。


平助は背負っている行李の肩紐に手をかけた。


いつもの手とはなにか。


 行李の肩紐は、左肩あたりに結び目がある。この肩紐は一本に繋がっていて、この結び目を外すと行李は下に落ちる。


 地に落ちた行李に平助は後ろ向きのまま上に飛び乗り、その弾みで高く飛び上がり 相手連中の上をとんぼを切って飛び越えるのだ。


すると、相手連中は平助に目がいく。


その隙にさくら姫が行李から木製の小太刀を抜き出し、相手連中の向う脛を叩き痛みで凝らしめる。

 これがふたりの大勢の不埒者を相手にしたときのやり方である。


 今回もいつも通り、紐を外し行李に飛び乗り、高く飛び上がってとんぼを切って正体不明の連中を飛び越えた。

 すでに小太刀を持ってるさくら姫は、いつもの間合いで狙いを定めようとした。


だが、なんとしたことか。


連中は平助には目もくれず、さくら姫に向かっていったのだ。


「姫様っ」


 平助はもちろん、さくら姫も予想外の事に慌てたが、すぐに小太刀を構え、先頭の男の向う脛を打ち、下がって間合いをとる。


 平助は着地すると、慌ててすぐさま振り向き懐から飛礫つぶてを取り出し、とりあえず場当たりに近場の三人に向け飛ばす。


 飛礫は背中に命中し、男達は動きが止まる。

 よしこの隙にと走り出したが、当たった連中は一瞬止まっただけですぐに動き出す。


 嘘だろ、と思った。

 背中に当たった部分は息が止まるような急所で、大抵の奴は背中を押さえて動けなくなる。なぜ動くのか。


 平助は考えるのは得意ではない。そういったことは林太やさくら姫に任せているからだ。

 飛礫が効かないならと他の手をと、直ぐにあたまを切り替えた。


 連中に回り込み、さくら姫の前に立ち、たもとに仕込んであった、これまた木製の短刀を取り出し、先頭の男の殴りつける拳をかわし足元に滑り込むと、向う脛に一撃を入れる。


 これはさすがに効いたようで、先頭の男は膝を抱え込んで倒れた。よし、ここなら効くなと思った。


 倒した男の後ろから、さくら姫に襲いかかろうとした男は、倒れた男に足をとられて体勢を崩す。その隙をついて、さくら姫が小手からの左胸への突きを決める。

 平助は立ち上がり、さくら姫の前にふたたびつく。


 さくら姫が向う脛を叩いたヤツはまだ動かない

 平助が倒したヤツも倒れたまんまだ。

 そして今、さくら姫がひとり倒した。

 あと六人。


 その六人は倒れた仲間達に気にもせず、変わらず追いかけてくる。


「こいつらに尋常じゃないですよ」


 囲まれたら不味いと、背中でさくら姫を押しながら下がっていく。小太刀を構えたまま等間隔に下がるさくら姫。


 だがしかし、ふたりほどに後ろに回り込まれ囲まれてしまう。背中合わせになる さくら姫と平助。


「平助、行李はどこじゃ」


 囲んだ男たちの向こうに行李はあった、連中は興味が無いらしい。


「ちょっと取りに行けないですね」


 さくら姫は小太刀を構えながら思案を始めるが、考えがまとまったらしい。


「平助、行李を取りに行け」


「へ」


平助は何を言い出したかと きょとんとする。


「こ奴等の目当ては わらわらしい、囮になるから取ってまいれ」


「いやでも……」


 さすがに躊躇した。何故なら、さくら姫が連中に敵わないのが判っているからである。

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