第4話 黄昏の森に蠢く 一
一方、さくら姫達は、馬から降りて森の中を歩いていた。
森につながる道が、途中でさらに細くなり馬では通れなくなったからだ。
「引き返しますか」
ヘイスケの言葉にさくら姫は迷ったが、森の奥から何かを感じる。それが何かを知りたいという持ち前の好奇心が、歩いて先に進む事を選んだ。
森の中はうっそうと繁っており、奥に進めば進むほど、昼なのにまるで夜のように暗くなる。
狭い道をしばらく行くと、ひらけた場所に出た。そこには奥の方に粗末な小屋がいくつか建っており、ちょっとした集落のようであった。
「こんなところがあるとは。平助、知っておったか」
「いえ全然。ここ、なんなんでしょうね」
夜のように暗い中を目を凝らして見てみると、小屋は五つくらいあり、その奥には造りかけらしいのも見えた。
「人の気配は無いな……」
さくら姫の独り言のような呟きに、
「ありませんね……」
と、平助が頷く。
「おおぉぃ、誰か居らぬかぁぉぁ」
平助が大声で呼ぶが、大声を出したのが恥ずかしくなるくらい手応えが無かった。
「ふむ、もう少し奥に行ってみるか」
さくら姫が建物に近づこうと歩き始め、平助は後をついていく。
いちばん手前の建物を過ぎると、その陰に小屋を建てるためのか材木が置いてあり、そこに三人の男がぼーっと突っ立っていた。
「なんだ。いるではないか」
さくら姫の言葉に平助が覗き込むと、
「本当ですね。さっきのは聞こえなかったのかな」
さくら姫より前に出て、ヘイスケは三人組に近寄って話しかけてみる。
その際にさり気なく仕掛け行李からさくら姫愛用の木刀の小太刀を出し、手渡す。
「ちょいとごめんなさいよ、お兄さん方。こちらはどういうところなんだい」
いちばん手前の男に話しかけるが返事はない。
しかしその中のひとりが黙ったまま平助の前に立つと、いきなりすごい力でなぎ払った。
吹っ飛ばされた平助は、横の建物の壁にぶち当たってもんどりうって倒れる。
「平助」
さすがにさくら姫も案じたが、次の瞬間平助は何事も無いように立ち上がって、
「ずいぶんな挨拶だねぇ、兄さん」
と、埃をぱっぱっとはらいつつ笑いながら言った。
「無事か、平助」
先程まで無反応だった男達が、さくら姫の声を聞いて反応する。
「…を…ん…な…」
平助を突き飛ばした男がぎろりとさくら姫を見る。焦点の合ってない虚ろな目が、さくら姫を見つけた。
「を・ん・な、をんなをんなをんな、
ぅぉぉおをんんんんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
突然男は大声で叫びだし、その声に反応するように他の男達も叫びだす。
「を・ん・な、をんなをんなをんな、
ぅぉぉおをんんんんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
そしてそれはあたかも糸の切れていた人形が、操られるように動き出したようであった。
やばいぞこれは
ヘイスケは危機を感じ、さくら姫に用心するように言おうとするが、その前にヘイスケを突き飛ばした男が、さくら姫に向かい歩みは鈍いが走り出す。
「姫様」
平助は名前を気遣うのも忘れるくらい慌てた。すぐさま男を追いかけるが間に合わない。男の手がさくら姫の胸に触りかけた。
「はっ」
しかしその刹那、さくら姫は一間程下がり構える。その両手は先ほどの小太刀があり、男に向かって指していた。
「この不埒者が」
さくら姫が眼光鋭く強く言い放つ。
下がり小手
さくら姫の得意技である。
さくら姫の胸は豊満である。冬場は羽織を羽織るし、晒を巻いているからそれほど目立たないが、初夏の今、晒しは巻いてこそいるが、それでもその豊満な胸は隠しようがなかった。
「まったく男というのは、どいつもこいつも」
城下町ではそれほどでもないが、村はずれ辺りまで来ると、やはり不埒者が多かれ少なかれいる。
まだ幼い頃だった。さくら姫が町中を歩いているとき、不埒者に悪戯されそうになったことがある。
たまたま通りかかった平助と兄貴分の林太のお陰で助かり事なきを得たが、 帰ったらひどく叱られ、出歩かないように言われた。
だが、じっとしておられない性格の さくら姫は、何とかならないかと思案の末、選んだのが不埒者より強くなることで、その日から武芸に励むようになったのだ。
下がり小手は、その時覚えた武芸である。
だが好きで覚えた訳ではない。年頃になり胸が目立つようになると、男どもの視線が集まりほとんどの男どもが胸を触りに来る。
だから触られない様に下がる足運びを、そして一発叩いてやりたい思いが小手を覚えさせた。それゆえ自然と下がり小手ばかりやることになる。
さくら姫の下がり小手は得意技ではなく、一番馴れているというのが正しい。
間合いを保ちながら さくら姫は男を見図る。
髪は蓬髪で身体は汚れている。衣服はボロボロで裸にちかい。そして素足。格好から察するに坑夫のようである。
だが何よりもかによりも顔に異を感じる。
表情が、というよりは感情とか生気が無い。
目線を外して隙を誘ってみたが、男は変わらずさくら姫を見ている。
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