129.9話 悲劇と予兆



 場が、静寂に包まれている。誰も声を勝利の雄叫びも、歓喜の声も、安堵のため息さえ、躊躇ためらっている。



「大丈夫、です。皆さんを巻き込んだのが元々変だから、です。これが正しい結末、で……」



 バタンッと倒れ込む。母親の上で覆い被さるように倒れている。



「ちょっ!?」


「落ち着くさね。疲労と、心労で寝ているだけさね」



 最後の一撃の衝撃波から全員を守っていた結界を解いて、タラッタの容態を確認したのはフニトユチ。



「皆がみんな、限界だったさね。一度ここで休むさね」


「そうも言ってられないでやんす」

「…………なるほどね」



「無茶は体に毒さね」



「そうね。でも、その無茶してるアホリーダーを連れ戻すのに手伝うのが唯一仲間としてできることよ」

「その通りでやんす」




 伏せたまま、カッコつけて喋る。


「はあ、好きにするさね」



 頑固な二人を前に、あっさりと折れる。



「ご助力、ありがとうございました」


「その娘に言うさね」


 ドロースの友、眼鏡にひびが入ったスパシアが近づく。


「ありがとうございました」


「別に、ムカつくから倒しただけよ」



 シロがツンデレムーブをかましていると、一人、否、一柱の神が現れる。



〈感謝する。異界人たち、そして優しき者達よ〉


「誰、このおじいさん?」

「ポセイドンさんでやんす」


「うぇっ!? あの有名な神様の!?」

「みたいでやんす」



「やはり生きていたさね」


〈すまない〉


「一体どのような方法で一時的に神能を?」


〈彼女の嫉妬の泥沼というスキルだ〉


「なるほど」


〈一体にだけ有効で、ほかの生物が触れると切れるが、それまで相手を底なし沼に閉じ込め、力の一部を奪う効果だ〉


「奪う、ですか」


 フニトユチの顔が急に険しくなる。



〈嫉妬の本質は束縛だ。何を期待しているかは知らぬが、無駄なこと〉


「…………そうさね」


 何か思い詰めた表情で下を向く。




「一つ、伺ってもいいでやんすか?」


〈む?〉


「どうして、あそこまで歪んだのか、知っているでやんすよね?」


「私も気になります」


 リューゲに続いてスパシアもドロースの過去を追及する。



〈よかろう。儂が閉じ込められるまでの話だがな〉


「それ以降は私が」





 ポセイドンは紫の炎を軽く消して、瓦礫の山に座る。



〈うむ。彼女はこの国、違うか。今の国になる前のエニテユ王国の小さな貴族の、不義の子として生を受けた〉



〈館で働いていたメイドである母親の方が妻より早く出産し、余計立場が悪くなった〉



「どうして?」


 シロが尋ねる。



〈最初に生まれる子が不義の子であれば、妻の家に面目が立たぬ上に、社交界の場でも立場が悪くなるからだ。基本的に表沙汰にならぬよう、処理するなりしていた〉


「しょ、処理!?」


「そうですね。良くて解雇、堕胎、殆どは口封じとして殺されていましたね。今も完全にその風潮が無くなったとは言えないのが、私の責任とも言えるかもしれませんが」




 当時の社会を知るスパシアが補足する。




〈そうだが、彼女の母親は運良く解雇で収まった〉


〈そうして、風が良く通り、雨漏りだらけのボロ屋で彼女は産まれ落ちた〉



〈彼女は貧しいながらも必死に生きた。だが、少しずつ母親が乱暴になっていった。「お前のせいで」、「お前が居なければ」と理不尽に罵られ、虐待を受けるようになった〉




 誰かの歯ぎしりの音がする。




〈ある日、彼女が海の巫女だと発覚した。その日の内に彼女の父親の貴族の家が動き、彼女を養子に入れた。母親はお金を貰って喜んで彼女を引き渡した〉



〈ようやく解放されると喜んでいたのも束の間、今度はその家の娘、腹違いの妹に、従者に、頼みの綱の父にさえ冷たくあしらわれた〉



〈彼女は全てを恨んだ。そして自室で首を吊ろうとしたその時、悪魔が現れた。嫉妬の力に目覚めていたのだ〉



 シロが首をかしげるが、話を中断させまいとそれだけでとどまった。



〈それからは悪魔に言われるがまま、屋敷を焼き払い、皆殺しにした。小さな体と包丁だけだが、嫉妬の力は彼女のすべてを増幅させたから簡単に成せた〉



〈焼ける家を後にした彼女は、真っ先にもとのボロ屋に行った。彼女の母親は賭博で更にスっていて、痩せこけていた。そんな母親をも刺し殺した。何回も何回も、息がないのにひたすら〉



〈それからしばらくはあちこちから強奪して生活していった。彼女が十五になる頃、彼女は悪魔を殺し、その存在を喰らった〉



〈そして十七で儂を喚び出し、罠に嵌め、神能を手に入れた。儂が見ていたのはそこまでだ〉




 一気に話を終わらせたポセイドンの表情は、どこか辛そうだ。






「それ以降は私から。彼女曰く二十歳の時、路地裏で私達は出会いました」



「最初、私達は話が合い、気も合いました。そして、当時の腐った社会を変えるという目的の為、私達は手を組みました」



「それから紆余曲折ありまして、近隣の小国を巻き込み、最終的には彼女の武力で統一しました」


「武の赤、知の青と呼ばれるくらい、担当はきっちり分かれていました。それからしばらくして、彼女はここで暮らし始めました。この近くに川も海から引きました」



「かなりギリギリなことをしていましたが、戦友のよしみで見逃していました。その結果がこのザマです」



 スパシアが自分の見てきた過去を話す。




「あー、失うものも、得るものもあったみたいだし、いい経験だと思えばいいんじゃない?」

「……そうでやんす」


「お気遣い、ありがとうございます」



 丁寧に返事をして、倒れているタラッタを抱きかかえる。



「その子は、どうするさね?」


「私が責任を持って育てます。彼女と同じ道を歩まないように……」


「それがいいさね。この遺体についても任せるさね」


「ええ。立派な葬式をしますよ」




「ほら! 立ちなさい!」

「いててっ、引っ張らないで欲しいでやんす!」


「ほら、行くさね」


「でも、どうやって?」


「もう使えるから転移魔術で海岸に行って、そこで拾ってもらうさね」



「名案ね」「楽チンでやんすねー」



「じゃあ、その子によろしくさね」

「強くなりなさいって言っといて!」

「ありがとうとも言っといて欲しいでやんす」


「分かりました。本当にありがとうございました!」




 手を振って別れの挨拶をする。



「女神ヘカテーよ、移せ〖テレポーテーション〗」



 地面に魔法陣が浮かび、三人は忽然こつぜんと消え去った。



「なんですって!?」


 何かスパシアは焦った様子で頭に指を当てている。念話をしているようだ。



「今回の騒動は王国が起こしたと、大使に攻撃をしたのは誰?」


「民、ね。そう。分かりました。軽傷とは言え、傷を負っている。今から弁明しても、双方の不満は拭えない。ドロースが死んだから責任の行き場が無くなる。最悪、娘のこの子に。それは避けなければ」




「今日ぐらい休ませてよ……」





 涙を流す暇もなく、指導者の苦難は続く――――



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る