117話 水着と蟹
「いいでやんすね」
「遊べるのね!」
「この老体には厳しいからここで待っているさね」
「遊ぶ、です!」
「わたくしもここで待っています」
反対派はいないようだ。行きたい人だけ行けば良いと思う。
「同年代の子達と遊ぶというのは一種の学びさね。いつでもできる経験ではないし、行ってくるさね」
「なるほど……。分かりました。折角の機会ですし、学ばせて頂きます」
フニフニさんがソルさんを説得。そんな殊勝な心掛けで遊ぶつもりはこれっぽちも無いんだねどなー。
「着いたぜよ!」
坂本さんも遊ぶんかな?
「釣りしているから終わったら声を掛けるんじゃ!」
「どうも」
適当に返事したが、大人は船で待っているということか。マツとリューゲも大人かもしれないが、子供みたいなもんだろう。
「お二人はこれに外の茂みで着替えて来てください」
そう言われて水着を渡され、俺とリューゲは追い出された。水着の模様に奇抜なものは入ってない。よかった、マツのことだから変な水着にしてくると思ったけど普通だった。
「何その柄?」
「ハートでやんすね……」
リューゲのはハートがデカデカと主張している、何とも履きたくない水着だ。可哀想に。
「そっちだけ普通のなんてずるいでやんす」
「一応主従関係にあるからね。ずるくは無いよ」
手持ち無沙汰になったので、二人で体操座りをして海を眺める。この無言空間はいつまで続くのだろうか。
女子の着替えは1秒とも、1年とも、諸説あるほど速度に個人差があると言われている。知らんけど。
「お待たせしました」
「全然大丈夫だよ」
マツを先頭に船から降りてきた。絶景と絶景と絶壁と絶壁と絶壁だ。分かりきってはいたが、惜しいと言わざるを得ない。別に大きければ良いわけでもないし大丈夫だ。
「あっしはここで蟹の観察してるでやんす」
こいつ童貞だな。仲間だ。俺もここで蟹の生態についての調査でも――――
「ご主人様、何か言うことがあると思いますが?」
言うこと? はっ!
「ご馳走様です」
「はい?」
「間違えた。似合ってるよ」
こちとらオタクだぞ。そこいらの鈍感主人公と一緒にするなよ。数多の女性(画面内)を攻略した手腕、舐められたものだな。履修済みだ!
「具体的にどうぞ」
「おぇ?」
知らないパターンだ。ここはゲームでも無いから選択肢なんて出てこない。
「ありのままの感想をお願いします。私作の水着なので今後の参考にしたいのです。ちなみにこれはタイサイドビキニという物のつもりで作りました」
真面目なやつか。それなら思ったことをそのまま口に出せばいいか。
「そうだなー。まずその水色の水玉模様なんだけど、光沢感まで出すのはいいけど、大きさの差をもっとつけてもいいと思うんだよ。それに、水着のサイズももう一回り大きいサイズの方がいいと思う。パツパツ好きの人もいるかもしれないけど、ちゃんとした水着の品評として言うなら水着周り露出をもう少し抑えて他の要素、つまり柄の刺繍とかで色気を出した方が良いと思う」
「ぇ……?」
「次に下にいくわけだけど、模様に関してはさっき言った通りで、それに加えて紐が短いと思うよ。その長さだと遠泳とかで泳いだ時に高確率で解けるから。あと強いて挙げるならカーディガンとかを着てるとよりオシャレになると思う」
「えぇと…………どうも」
……………………やりすぎた。こりゃドン引きされても文句言えんわ。我ながらキモくて少し前の自分を殺したい。
「あっ! 私スイカ割りの準備してきますね!」
逃げてった。待って、やらかしたから横にいるネアとソルさんの顔見れないんだけど。助けてくれない?
「……」
「中々の観察眼をお持ちなんですね」
チラッと見たらネアは侮蔑の目で黙っていて、ソルさんは謎に感心していた。素直で良いですね。是非そのままのあなたで居てください。
シロはタラッタちゃんと海岸を駆け回っている。
そんなシロは所謂オフショルダーとか言う水着を着ている。肩が出てるし。名前に寄せたのか真っ白のやつだ。
タラッタちゃんは何て言う水着かは知らないが、フリルのついた子供向けみたいな黄色の水着だ。かわいい。
「この水着の評価もお願いします。後でお伝えしておきますので」
現実逃避していた俺を引き戻したのは自殺を促す死神のようなソルさんの一言だ。
ソルさんは紐を胸の前でクロスしてる黒色の大人な水着だ。胸はマツより大きそうだ。着痩せするタイプだったか。
「どうです?」
ここは軽めにいこう。手短かに、要点だけで。
「完璧です」
「そうですか。お伝えしますのでネア様の水着もお願いします」
ネアの水着は紐を首の後ろで結んでるピンク色の水着だ。
「大変お似合いです」
「…………」
「お伝えしますね」
短くて余計にキモさが増してないか? どうすれば良かったんだろう。ネアの視線から逃れるために蟹の観察を始める。赤いどこにでも居そうな蟹だ。
「スイカ持ってきました」
マツがスイカを持ってきた。どこ産のスイカなんだろうか?
「折角の景観が台無しになるし船から離れようか」
「……賛成」
蟹も一応持っていこうかな。うん?
「リューゲ、この蟹でかくなってない?」
「あれ? そうでやんすね」
さっきまで手のひらに乗るサイズだったのに手から出てしまうほどの大きさになっている。
「その蟹には気をつけてください」
ソルさんが忠告をしてくる。でかくなるからかな。
「近くにいる生き物が背を向けると大きくなり、ハサミが丁度いいサイズになると首をチョッキンとしてきます」
「え……」
思わず絶句してしまった。何それ、そんな恐ろしい蟹だったのか!
「その生態から首狩り蟹と呼ばれています」
「駆除しよう」
「でやんすね」
「これ使います?」
「うん」
マツがスイカ割り用の棒をくれた。これで叩き割ってしまおう。
「せい」
「あ――」
軽快な音で蟹を砕いた。
「ソルさん?」
「駆除してしまうとより厄介なのが来ますよ」
先に言えよ!
「ギギュゲゴグッ!!!!!!」
巨大な蟹が地面から出てきた。大きさは二階建ての一軒家。
「わたくしはネア様の所で皆さんとお城を作ってきます」
知らん間にネアがシロとタラッタちゃんと混ざって砂のお城を作っていた。ソルさんもそっちに逃げていった。
「ご主人様、私はスイカ割りに良さそうな場所探してきますね」
マツも逃げてしまった。
「あっしも少し探索に――」
「行かせんよ」
「嫌でやんす! あの蟹殺さんばかりの目でやんすよ!」
「ここで梯子を下ろすのだけは許さん!」
「ギキュゲゲケグッッ!!!!」
蟹が横移動ではなくまっすぐ走ってきた。それはずるくない?
「【ダッシュ】」
「ちょっ、置いていかないでくださいでやんす!」
後ろに振り返り逃げる。裸足で足場は悪いが、そんなことに気に取られては捕まる。戦ってもいいが、嫌な予感もするから逃げる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます