“酒呑童子”


 ――ただの小鬼は幾千の時を経て神にまで至った――




 神話の時代末期、彼女は小さな村に生まれた。人間とも共存していた時代であった。


 彼女にはよく遊ぶ幼馴染の人間がいた。幼馴染の少年と力比べなどをして遊んでいた。鬼が非力な人間に負けるはずも無く、全戦全勝であった。



 ある日、幼馴染は強くなってくると言って村を出て行ってしまった。



 寂しさを覚えつつも彼女は負けないように鍛錬をしながら日々を過ごしていった。



 そうして二十年が経ち、彼女は鬼の中でも並び立つ者が居ないほど強くなった。



 しかし、突然見覚えのある男が帰ってきた。幼馴染であった。少年だった頃から時も経っていて純朴さは失せ、一人の武芸者、否、修羅の顔つきであった。



 久しぶりの再会に二人は抱擁の前に戦った。拳と剣の戦いであった。鬼の身体能力は隔絶していて……とはならず、幼馴染が圧倒的な力を斬り伏せた。



 修行に行った少年はその果てに己が剣才を開花させ、【剣聖】の力を手に入れていたのだ。


 戦いの後、抱擁を交わし、朝まで酒を呑み、お互いの歩みを語らっていた。



 かくして二つの大きな戦力を図らずも保有していた村であった。











 しかし、■■■■■による侵食が始まった。










 神でも呑まれたのもあり、神々は逃げ、竜も大人しく引きこもり、魔族は初代魔王により守られていた。




 たかが人間、たかが鬼が立ち向かうには巨大で何もかもが足りない相手であったが、逃げ場など無かった。




 北の大陸は■■■■■によって呑まれたが、唯一その村だけ無事であった。剣聖と鬼の全力の一撃で一瞬だけ■■■■■を吹き飛ばしたのだ。



 そして運良く■■■■■は封印されその村は呑まれること無く残った。三本列島が縦に細長いのは、この時の一撃以外の所だけ呑まれ、海となってしまったからである。



 言うまでもなく今も残っているパライソ大陸も、魔大陸も庇護者のおかげであったが、庇護範囲外の三本列島の存続はこの二人によるというのは明白だ。



 こうしてめでたしめでたし、と幕を閉じればどれほど良かったろうか。




 彼女は無事だったが、幼馴染はそうではなかった。呑まれかけ、嫌な方向へと変わろうとしていた。


 剣聖といえども■■■■■の本体に直で触れてしまえば対抗手段は無い。自分が変わり果てる前に殺すように彼女に頼んだ幼馴染だった。



 彼女は葛藤した。自分の手で殺すのは嫌だと。でも幼馴染をこのままにすると誰の手にも負えなくなるとも。



 苦渋の決断で彼女は自分の手で幼馴染の胸を貫いた。ここでいくつかやりとりはあったが、それをここに書くのは野暮だろう。二人の思い出は二人だけのものなのだから。


 そして彼女は幼馴染を抱え、村に戻った。








 ここからが彼女にとっての地獄の始まりであった。



 胸の貫いた跡から彼女が殺したと罵られ、鬼は危険だという考えにまで至り、彼女は鬼を率いて逃げ出した。


 こうして人間と鬼との共存は一方的な形で終わりを告げたのであった。



 それから人間は代が変わっても鬼の恐怖をあることないこと伝えていったのである。


 彼女はあまりの理不尽さに憤慨し、人間を失望した。



 様々な人間が鬼退治の名目の元、攻めてきた。だが、どのような計略を用いても、鬼特化の刀を持ってしても彼女が敗れることは無かった。




 いつも決まった日になると月の下、夜まで一人で酒を呑んでいる姿から彼女は“酒呑童子”と呼ばれるようになった。彼女もその呼び名を気に入り、そう名乗るようにした。




 時代は流れ、大規模な戦争が起こりかけていた時期、彼女は神話の時代の生き残りである竜に和平交渉に呼ばれた。


 流石に自分と同格を相手にやり合うのは得策ではないと考えた彼女はそれに応じて竜の峡谷に向かった。



 和平交渉はつつがなく成立した。彼女は本拠地に戻るとそこには同朋の死体の山ができていた。





 何百年ぶりに怒った彼女は同朋の血の匂いを辿り、人間が戦っているところに着いた。



 彼女は怒りを一瞬忘れてしまった。片方の人間の太刀筋が喪った幼馴染に似ていたからだ。



 その感動を振り切り、彼女は戦った。相手の老剣士の技量は凄まじく、押されていた。



 全てを失った彼女にもう心残りは無いと“鬼神”となることを選んだ。



 激戦の末、彼女は勝った。




 しかし、仇討ちを果たそうとした目前、不意打ちを食らい死んでしまった。


 彼女を殺した刀が幼馴染の祖先の鍛冶師による、裏の英雄に対する安寧のためのものであったのは彼女の知ることは無かった。



 唯一幼馴染の家だけが彼女を敬っていたのだ。




 こうした様々な要因から知られることは無いが、彼女は紛れもなく英雄であったことをここに記す。





 どうか安らかな眠りを――


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