幕間 『英雄辞典』著:ソフィ・アンシル

“原初の英雄”

――古の時代、世界は絶望に満ちていた


 少ない人口、狭い生息域、侵食する魔物……


 そんな暗黒の時代に、一筋の希望の光が現れた。


 人々は彼を“英雄”と呼び、彼を筆頭に人類の版図を押し広げていった――





 彼は当時の小国の王子として生を受けた。


 人類の危機的状況を憂いた彼は、一人剣を振り始めた。


 魔物の数とそれを倒せる人の数は圧倒的に後者が少なく、彼に指導者などいなかった。


 いつも、一人で剣を振る。


 そんな彼が成人を迎えた年、城を抜け出し、戦場に躍り出た。


 しかし、ただ剣を振っていただけの未熟者だ。攻撃は当たるが、回避や防御のなんたる拙さよ。


 愚直な剣を以て敵を屠り、少し、また少しと傷を増やしていった。


 そんな戦場を何回も潜り抜けてきたからだろうか、彼は自分で剣の頂きにまで登り詰めた。


 一人で数多もの戦場を乗り越えていくにつれ、人々は彼に希望を見いだし、戦える者は彼に続いて彼の背を守らんとした。




 そして、いつしか世界中に彼が“英雄”であると広まっていた。



 そんなある日、1人の占い師が彼を占いたいと王城に訪ねてきた。


 当時、占いは人々に厚く信頼されていた。


 だが、彼が人類に希望と絶望を齎すという結果に。


 この結果に、王は怒り、その占い師を処刑した。


 そして数々の占い師を集め、もう一度占わせたが、結果は全て同じであった。


 それがどこから漏れたのか、占い師の権威は失墜していった。



 そんなこともあったが、彼は隣国の姫と結ばれ、王の座を継いだ。


 人類の生息圏がかなり広まった頃、彼は北の海の先にあるといわれる未開拓領域に目を向けた。


 そして当時の猛者達を集め、妻にまつりごとを任せ、人々の期待を背負い、まだ見ぬ場所へ進んでいった。


 それから1年ほどたった頃、小さな舟が港に着いた。


 人々は英雄の凱旋だと喜び、祭りの準備をしだした。






 そして彼は港町を滅ぼした。

 村々を焼き払った。

 近づく者を皆殺しにしていった。



 そして、愛したはずの家族をも手にかけた。


 自分の国を焦土に変えた後、彼は城に篭もり、その間、どの国も手をこまねく状態になった。


 逃げ延びた人々は口を揃えてこう言う。

「ずっと何かに怯えているようだった」

 と。


 未開拓領域に何があり、何を見たのか、謎は多い。


 彼の本名を知る者も彼に殺され、その国の者達は彼を“英雄”と呼んでいたため、後世に語り継がれることはなかった。


 皮肉なことに、それを機に占い師達の権威も元に戻っていったという。


 そして、勇気ある者達が王城に出向くと、彼は玉座に死体としてあったらしい。傷はなく、痩せこけていたため、何も飲まず食わずだったと考えられた。


 未来を切り開いた英雄は、何かに怯え、疑心暗鬼になり、一人寂しく死んだ。彼は結果的に、人類に希望を与え、祖国に絶望を振り撒いた。


 後に彼はこう呼ばれることになった。


 “原初の英雄”と。



























 或いは、“臆病者”と。













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